キルギスの人材育成

第5回キルギス発「平和と開発」の現場レポート

2018年9月27日

SDGsに関するセミナーを国連合同ミッションと開催した際に、進行役を補佐したのは日本留学のある経済省副大臣(右から2番目)。

国連開発計画(UNDP)キルギス共和国事務所の二瓶直樹です。キルギスに来て1年半以上が経過しますが、これまでキルギスの政府機関や国際機関の職員、国際NGOや現地NGOで援助プロジェクトに関わる人々と仕事上、たくさんお会いしました。日常、面談の際に、突然キルギスの方から「コンニチハ、ワタシノナマエハ・・・・デス、ヨウコソ・・・」などと話しかけられることが多々あります。彼らは、国際機関や日本政府による政府開発援助(ODA)の枠組みや各種の援助プロジェクトを通じて、日本での留学や研修に参加する機会を得ていたキルギスの人々です。今回はキルギスの人材育成についてお話します。

国連や世銀などの国際機関、日本や欧米等の援助供与国は、技術協力という枠組みで、開発途上国の人材育成を実施します。UNDPキルギス事務所では、(1)持続可能な開発と成長、(2)民主的ガバナンスと平和構築、(3)気候変動と環境保全を三つの重点課題として支援しています。これらの事業においては、人材育成が何よりも重要な支援となります。人材育成は、先進国などが有する経験、技術やノウハウを、相手国の指導的役割を担う人々から、コミュニティの住民等幅広い対象者に様々な活動を介して伝えるもので、将来の国の発展の基盤づくりです。

日本はキルギスが1991年に独立した後に、早くから外交関係を樹立し、政府開発援助(ODA)による援助を開始しました。新しい独立国家として歩み始めたキルギスは、旧ソ連時代の共産主義と社会経済システムから、民主主義や自由経済化への移行を図り、国連機関とも連携して市民社会の育成や人々の生活の安定化により国家建設を推進する過程にあります。冒頭に記述したように、私が日々接するキルギスの行政官には日本留学経験者が数多く存在します。これらの日本留学経験者の政府関係者は、現地語で‘ヤポニスト’とも呼ばれて、国家戦略や政策作りでリーダーシップを遺憾なく発揮しています。こういった方々は日本による様々な支援で人材育成の機会を得た方々です。

日本は文部科学省による奨学金事業や国際交流基金の日本語教育事業により多くのキルギス人を受け入れています。また、国際協力機構(JICA)は、2007年にキルギスで開始した人材育成奨学計画(通称”JDS”)を開始し、既に180人近くの若手行政官が日本の大学院で修士号を取得し(一部は修学中)、母国に戻り政府機関を中心に将来の国づくりを担う人材として活躍しています。

例えば、私が担当する平和構築・紛争予防の分野では、大統領府の民族宗教政策・市民社会協力局長と国連平和構築基金の活動での各種調整がありますが、調整の実務を取り仕切る同局長の補佐官はJDSを通じて神戸大で学びました。平和構築分野でキルギスの国連チームと業務提携している国際NGOの現地代表はアジア開発銀行の奨学金を受け国際大(新潟)で学んだ人物で、日々キルギスの民族・宗教問題について意見交換しています。最近では、業務上やり取りの多い地方自治・民族関係庁の次官に国際大学出身者が就任した知らせが入りました。

前アタムバエフ大統領を訪問する日本へ留学した公務員(経済省副大臣に昇進したAidinさんは一番右)

UNDPキルギス事務所との関係では、日本政府とUNDPが連携して実施する電子政府プロジェクトの実施機関である国家登録局の次官(JDSを通じて国際大に留学)がいます。またUNDPによるプロジェクトに関与する政府機関の中には、国立銀行総裁(アジア開発銀行の奨学金を受け名古屋大)、国立戦略研究所所長(文科省の奨学金で政策研究院大)、財務省次官(文科省奨学金で政策研究院大)、経済省副大臣(JDSを通じて早稲田大)が日本留学者の代表格です。その他、政策作りを担う首相府の局長クラスにも日本留学経験者が複数おり、枚挙に暇がありません。UNDPの法整備分野のパートナー機関である司法省の元大臣(JDSを通じて九州大)は日本留学経験者の第一号大臣でした。現在の外務第一次官は、東京にある国連大学での研究経験があります。

経済省副大臣に昇進したAidinさんの日本での留学時代の様子(卒業式にて)

独立後のキルギスは、日本が明治維新の前後に、最先端の技術や社会を学ぶために若者や将来のリーダーを欧州へ派遣したことと非常に重なるように見えます。日本も近代化の過程で、欧州の教育・科学、憲法、議会制度、医学等を参考にして、各分野の政策や技術を発展させていった経緯がありました。キルギスでは、日本以外にも米国、英国、フランス、韓国等への国々へも奨学金事業で若者が留学する機会があると聞いています。留学から戻った人々は、政府機関、NGO、民間セクターの中や、私が日々接する国連事務所の現地職員の中に多数存在します。

独立して27年のキルギスが今後更に国家建設を進め、発展する過程で果たす人材育成の役割は非常に大きく、今後一層彼らが社会で活躍することが期待されています。また、国連やUNDPが行う支援の中で、育った人材は近代国家キルギスの大きな財産になると確信しています。


二瓶直樹  |  UNDPキルギス共和国事務所 兼 キルギス国連常駐調整官事務所 平和・開発担当顧問
2003年に国際協力機構(JICA)入構以降、開発途上国における政府開発援助(ODA)に従事。2006-2009年JICA本部基礎教育グループ、2009-2012年JICAウズベキスタン事務所駐在員、2012-2015年UNDPニューヨーク本部対外関係・アドボカシー局日本連携アドバイザー、2016年JICA本部中央アジア・コーカサス課主任調査役を経て2017年1月より現職。早稲田大学大学院社会科学研究科修士卒