暴力的過激主義の防止に向けて

第6回キルギス発「平和と開発」の現場レポート

2019年2月22日

 

キルギスの小学校での教室内の様子。Photo: UNDP Kyrgyz Republic

 

国連開発計画(UNDP)キルギス共和国事務所の二瓶直樹です。私はこれまで、国際協力機構(JICA)とUNDPで約15年に渡り、世界中の国々で様々な援助プロジェクトに関与してきましたが、キルギスに赴任して初めて関わった種類の仕事がありました。それは、近年世界的に多発するテロや暴力的な活動を未然に防ぐために行う、「暴力的過激主義の防止(Prevention of Violent Extremism、略称PVE)」といわれる分野の活動です。今回はPVEについてお伝えします。

2年前にキルギスの国連事務所に赴任して、平和・開発担当顧問(PDA)の仕事として最初に関わったのがPVEといわれる分野の仕事でした。キルギスに拠点を置く国連諸機関が合同で同国政府と連携し、市民が過激主義に傾倒しないことや、過激派集団に参加してテロ活動などを起こすことなどを防止するための事業を立案・調整することでした。私がキルギスに赴任して3ヵ月後、2017年4月にロシア第二の都市サンクトペテルブルグで地下鉄爆破テロが起きました。死者14名となる惨事で、テロの実行犯はキルギスの南部オシュ出身22歳の青年でした(本人は移民してロシア国籍を取得済でした)。

近年キルギスをはじめとする中央アジアでは、一般市民が過激主義に傾倒し、最悪の場合、テロ行為を外国で起こすという事態が発生しています。2017年1月、トルコ・イスタンブールのナイトクラブで起きた銃乱射事件(少なくとも39名死亡)や2017年10月、米国ニューヨークでのトラックによる暴走テロ(8名死亡)は当時メディアで報道されましたが、実行犯は中央アジア出身者でした。

キルギスでは一部の情報源によると、約800名の市民が外国で戦闘員としてISに参加する意向があるともいわれています。また日ごろ、キルギスの地方での農村開発に従事する援助専門家からは、「プロジェクト対象の村人から近所のおばあさんが家族と一緒にどこかに急に消えた」、「一時期シリアにいたという家族が急に村に帰ってきた」などという話を聞くことがあります。キルギス国内でも過激主義やテロが大きな社会問題、関心事項となっています。

キルギスに事務所を置く6つの国連機関(UNDP、国連児童基金〔UNICEF〕、国連薬物犯罪事務所〔UNODC〕、国連人権高等弁務官事務所〔UNOHCHR〕、国連人口基金〔UNFPA〕、UN Women)は連携して、PVEを目的とした共同プロジェクトを政府と調整の上、平和構築優先事業計画2018-2021年(Peacebuilding Priority Plan 2018-2021)」を策定し、2017年10月の国連平和構築基金の合同運営委員会にて審議。キルギス大統領府などの関係機関と審議の上、本計画が承認されました。その後、基金のニューヨーク本部の承認を受け、2018年6月に活動が開始されたところです。

キルギスの経済は多くを海外に出稼ぎに出ている労働移民からの送金(国家GDPの約3割といわれています)に支えられているとの分析がありますが、海外で働く労働移民は、外国での差別や社会経済的な排除、機会の欠如などにより、精神的な隙ができたところに、現地で活動する勧誘者等を通じて何らかの影響を受け、過激主義的な思想に傾倒していくと考えられています。また、キルギス国内においても特定の社会層(若者、女性、特定の民族集団、帰国した労働移民、元犯罪者など)が、社会的排除などを理由に過激主義に染まる傾向があるようですが、背景は実に様々で必ずしも貧困や経済的問題とは限らず、一定の教育を受けた人々もテロの実行犯に含まれており、一概には言えません。

平和構築優先事業計画は、支援内容を国家のニーズに合わせて、3つの方向性を定めています。第一には司法省や内務省等の組織で市民の権利を保護するために、法律や政策の策定能力の向上を支援します。第二に、過激主義に近い犯罪者が増加しつつある中、刑務所内の管理システム改善および元犯罪者や国内帰還した人々の社会への再統合のためのサポート、第三に、現地の宗教指導者との対話や、宗教指導者との連携を通じた青少年・女性対象のコミュニティにおける啓蒙活動となっています。これらの支援は、平和構築基金から拠出された合計800万米ドルで行われます。

キルギス含む中央アジアにおいては、過激主義との戦いは援助コミュニティの新たな課題でもあり、UNDPは日本政府と連携して、中央アジア地域4カ国を対象にした「中央アジアにおける暴力的過激主義防止のためのコミュニティ強靱化及び域内協力促進計画」(6億8800万円)を形成し、2018年2月カザフスタンの首都アスタナで交換公文とプロジェクト計画文書への署名が行われました。各国で社会のエネルギー源となる若者による社会参画促進や、職業訓練及び経済活動促進に関する事業が行われます。また、中央アジア地域全体で各国での知見や経験の共有、またPVEのためにどのような対策が必要かを議論する活動が予定されています。

テロや過激主義というのは、様々な社会・経済的な要素が複雑に関係し、さらには一つの国の中だけでなく、地域やグローバルな枠組みで起こりうる事象です。そのため、PVEに関する援助活動を行うためには、世界的な傾向をつかむとともに、各国固有の状況を把握しつつ、政府と連携して慎重に対応することが求められています。

さて、2年間に渡り、キルギス発 「平和と開発」の現場レポート」を執筆させていただきましたが、UNDPキルギス事務所での任務を終えることになりました。いつも読んでいただいた皆様には感謝申し上げます。今後も中東アジア地域や開発途上国で活動していく予定です。また、新たな形で皆様とお会いできることを楽しみにしております。



二瓶直樹
UNDPキルギス共和国事務所 兼 キルギス国連常駐調整官事務所 平和・開発担当顧問
 
2003年に国際協力機構(JICA)入構以降、開発途上国における政府開発援助(ODA)に従事。2006-2009年JICA本部基礎教育グループ、2009-2012年JICAウズベキスタン事務所駐在員、2012-2015年UNDPニューヨーク本部対外関係・アドボカシー局日本連携アドバイザー、2016年JICA本部中央アジア・コーカサス課主任調査役を経て2017年1月より現職。早稲田大学大学院社会科学研究科修士卒。