第11回UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 UNDPネパール事務所 野田章子さん

 ネパール西部、カルバン村のマイクロ水力発電事業のメンバーと野田さん(写真中央)(2012年9月撮影)


2012年12月21日

1992年秋、ダイビングをしにフィリピンのセブ島へ行った時のことです。楽しいはずの休暇とは裏腹に、その時に目にしたストリートチルドレンの窮状が忘れられず、その様な不平等に対して自分は何ができるだろうと問題意識を持ったのが、開発援助という仕事の道に入ったきっかけだったように思います。

あれから20年。私は今、国連開発計画(UNDP)ネパール事務所長として慌ただしい毎日を送っています。ネパール赴任は国連での8度目の転勤です。1998年に紛争後のタジキスタンにジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)として派遣された後、コソボ、旧ユーゴスラビア、ニューヨーク本部の総裁室を経て、混乱が続くコンゴ、地震後のパキスタン、鉱山開発に注目が集まるモンゴルと赴任しました。それぞれの国を発展させていく上での重要な転換期の現場に居合わすことができ、貴重な経験をしてきました。

これらどこの国にも独自の課題があり、取るべき戦略や解決策もそれぞれ変わってきます。ネパールの特徴はその多様性にあり、様々な言語や慣習を持つ多くの民族が、海抜60メートルの平野から標高8000メートルを超えるヒマラヤ山脈という地理的変化に富んだ国土で生活しています。紛争後、2006年に和平合意を経て連邦民主共和制を宣言しましたが、伝統的な階級意識や構造的不平等が未だ残る中での和平プロセスと社会経済発展、多様な民族の意思を反映した政治と新憲法制定、不足している電力供給・灌漑・交通網の整備、民族・ジェンダー・地域間格差の是正など、多くの課題に直面しています。

多様性を良い方向で国の発展に活かせるようにするために、UNDPネパール事務所が果たすべき役割は数多くあります。社会的弱者のニーズを常に傾聴し、ジェンダー平等・社会経済的包括・人権を促進する人間開発に注力するのはもちろん、行政改善を含む政府の能力強化と政策的枠組みの強化、公正な選挙の支援、戦略的政策レベルでの協力とコミュニティ・レベルでの協力の双方をバランスよく実施し、引き続き紛争後の状況に配慮したアプローチを行っていく必要があります。

また、自然災害対策もこれから取り組むべき重点課題の一つで、私が特に尽力している分野でもあります。ネパールは気候変動に対する高リスク国30か国中で4位にランクされており、 洪水・地滑りなどの災害に最も苦しむのは、ネパールの主要産業である農業分野と社会的立場の弱い女性達を含む貧困層であるため、早急に対応策を打たなければなりません。また、地震リスクも高く、これは無計画な都市化に人口増加が続くカトマンズ盆地で特に深刻な問題となっており、紛争後の復興が順調に進んだとしても、たった一度の地震や自然災害で全てが無に帰してしまうリスクを抱えているのです。そういったリスクを低減し、有事の際の迅速な対応のための準備強化がUNDPネパール事務所に求められています。日本の災害対策モデルにも学ぶ点は多くあり、これまでも日本政府からはその智慧を活かした防災案件とジェンターに配慮した日本/UNDPWID(途上国の女性)基金での支援を頂き、ネパールでも高く評価されています。今後とも引き続き支援を期待しています。

国事務所長としての仕事の内容は多岐に及びます。様々な会合、イベントのオープニング・スピーチをしたり、政府の高官とのミーティング、現地視察に行ったりと、UNDPネパール事務所の顔としての華やかな面もありますが、内部予算、人事、総務などの一般業務からスタッフ同士のいざこざを収めたりと、オフィス内の管理にもかなりの時間が割かれます。仕事に忙殺されていると、ふと、今行っていることの本来の意義を見失いそうになる瞬間もありますが、そんな時に私が立ち帰るのは「受益者一人ひとりの存在」です。それは開発援助の仕事をする上での私の原点となっています。

つい先日もUNDPの水力発電プロジェクトの成果を取材に来たディスカバリー・チャンネルの取材班に同行してバグルン県カルバン村に行ってきました。この村では、UNDPの支援下で5年前に水力発電設備が備え付けられて以来、人々の生活は一転しました。村の牛乳屋さんは電気のおかげで冷蔵庫が使え、牛乳やヨーグルトを長期に保存できて収益が増えました。男の子は夜、店番をしながら電球の下で英語の宿題をしています。小学校では子どもたちがパソコンからつないだインターネットで村以外の世界をキラキラした瞳で見ています。早朝から穀物を何時間もかけて手でひいていた女性は、電動製粉機のおかげで時間のゆとりができ、新たに石鹸作りのビジネスを始めました。電源が必要な治療器具やレントゲンを備えた保健所や歯科もできました。こういった一人ひとりの嬉しそうな表情と小さな変化が積み重なって新たな可能性を生み出し、人々の生活が好転し、地域が活性化され、中央での政策強化との相乗効果を得て国全体の発展へとつながっていくのだと感じました。

「スタッフのみなさんが気持ちよく、楽しくやる気をもって働けるような環境を作ることが管理職の鍵ですよ」これはネパール赴任の直前に、国連の大先輩である北谷勝秀さんから頂いたアドバイスです。この言葉を実践すべく、努力しながら色々と試行錯誤しています。また、女性が働きやすい環境づくりにも注力しています。日本の組織に比べると国連は女性に配慮ある組織ですが、そうは言ってもまだまだ女性職員が働く上での大変さがないとは言い切れません。全ての職員が、男女国籍関係なく活き活きと、そして国連での仕事に誇りを持って働ける職場を作ることができればと願っています。

国連に勤務して早15年、「どうやってそんなに課題山積みで復興期の大変な場所でやってこられたの?」と、よく質問されます。その秘訣はまず、よく働きよく遊び、ワークライフバランスを妥協しないこと。私も最初の10年ほどは仕事の虫のように働いていましたが、最近は週末はなるべく仕事のPCを開かず、ゴルフ、ジョギング、読書、ピアノなどの時間をとって心身ともにリフレッシュするようにしています。ネパールに来てからはヨガやヒマラヤの山々でのトレッキングも始めました。次に、関西人として培ったユーモアと前向きな思考を忘れないこと。そして最後にやはり、国連での仕事へのやりがいです。紛争で疲弊した国家や災害ですべてを失った人々が自立し希望を持ち、国が再び紛争状態に戻らないような国づくりをする復興開発の仕事はなにものにも代え難いやりがいを感じます。

これからも、これまで支えてくださった素晴らしい方々への感謝の気持ちを忘れずに、各国の開発に貢献していきたいと思っています。

※野田さんがネパールの新聞社「Republica」から受けたインタビュー記事(英語)をこちらからご覧いただけます。

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野田章子(のだ しょうこ)
UNDPネパール事務所長

慶応義塾大学大学院修了(政治学修士)。三菱総合研究所を経て、1998年からUNDPタジキスタン事務所に勤務した後、UNDPのコソボ、ユーゴスラビア(現セルビア・モンテネグロ)の各事務所を経て、2002-2005年はUNDP本部でマーク・マロック・ブラウン前総裁のもとでプログラムスペシャリストを務める。その後、国連コンゴ民主共和国ミッション(MONUC)、パキスタンの国連常駐調整官事務所での勤務を経て、UNDPモンゴル事務所にて4年間常駐副代表を務める。2011年3月より現職。

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