第13回UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 UNDPチャド事務所長 近藤哲生さん

 国連カントリーチームと、デビィ大統領との会談後に。中央右が大統領、右がトマス・ガートナー国連常駐調整官、その左上が筆者 PHOTO : チャド政府


2013年2月19日

アフリカ

今年6月に横浜で第5回のアフリカ開発会議(TICAD V)が開催されます。国連開発計画(UNDP)チャド事務所長としての勤務が2年を過ぎたいま強く感じることは、今のアフリカはもはや私を含む日本人が考えていたアフリカではない、アフリカだけでなく今や世界が日々遂げる変化はあまりに早く、遠くから報道や文献だけで現地の様子を知ることは不可能です。アフリカの変化は早い!

日本や欧米などの先進地域で仕事をしていた頃、アフリカとは、人が生きていくのが容易ではない、貧困、飢餓、感染症にあえぐ地域ばかりと正直なところ思っていました。しかし、アフリカは、貧困や紛争などの課題が山積する一方で、環境、エネルギー、食糧、保健衛生など、人類共通の課題に対処するためのヒントが豊富に用意された地域なのです。なぜなら、アフリカ諸国がそれらの課題に本格的に取り組み始めてから間もないため、国際社会の協力を得て、問題解決のための知識や技能を本気で取り入れる努力をしているからです。

これらの努力に携わる政府、企業、市民社会の人々を応援するため、プログラムやプロジェクトを作り上げ、実施して目標を達成するとともに、受益者の声や実施の経験から得られた教訓を新たなアイディアとして、世界に発信していくこともUNDP、国連の役割です。

チャドの実像
チャドが位置する「サヘル地域」は、今年初頭から激動の時期を迎えています。マリ北部の分離独立を目指すイスラム過激派グループに対してフランス軍が介入し、西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)の多国籍軍がこの戦闘に参加しました。この過程で、過激派テロ組織がアルジェリアのイナメナス天然ガス精製プラントを攻撃し、多数の日本人を含む人質を殺害、フランス軍の介入への報復を標榜する犯行声明が出されました。チャドも2000人の部隊をマリに派遣、最も攻略が困難と言われたキダル、マオ、メナカを短期間で制圧しました。

また、あまり知られていませんが、隣接する中央アフリカ共和国内の反政府軍を制圧し、その攻撃から同国の首都バンギを守ったのもチャド部隊です。他方で、チャドには隣国スーダンのダルフールや中央アフリカからの難民20万人近くが流入しており、チャド政府は国連難民高等弁務官(UNHCR)事務所と協力してその保護にあたっています。更に、2011年にカダフィ政権が崩壊したあとのリビア南部の軍事情勢が不安定化する危険に対処するため、リビア新政権から、チャド政府に対してリビア南部の治安維持に協力する部隊派遣を要請することがリビア側で検討されている状況です。

私がチャドの首都ンジャメナに着任した2010年、まだ国連の平和維持ミッション(MINURCAT)が活動しており、チャド自身が2008年の内戦を経験して15万人もの国内避難民(IDPs)を出すなど、悲惨な人道状況にありました。

UNDPチャド事務所の所長としての私の最初の仕事は、このMINURCATの任務を、安全保障理事会の決議に基づいて引き継ぎ、文民保護、人道支援調整、人権状況監視などを行うことでした。チャド全土で働く国連機関職員約500人の安全確保も重要な仕事です。MINURCATの下で結成された約1000人の治安部隊(Detachement Integre de Securite:DIS)を管理・統括して、人道支援に当たる国連やNGOの要員の安全確保のための警護活動を行うことを内容とするDISプロジェクトは、現在もUNDPが実施しています。

このように、国連の平和維持活動の派遣対象国になっていた「紛争国」チャドが、2年あまりの間に、UNDPなど国連機関と協力して国内の人道状況を改善し、国政選挙、地方分権化などガバナンスの向上と行政サービスの充実に取り組む一方で、周辺国の安全確保のために主導的な役割を果たすようになったことは、正直、期待を遥かに上回る変化でした。

チャドの地方分権化や住民の復興減災能力(レジリエンス)強化、人間の安全保障プロジェクトには、日本政府からUNDPを通じて力強い資金協力が行われており、欧州連合、世界銀行、アフリカ開発銀行、仏、米、スイス政府などとともに、今年1月に閣議決定された国家開発プラン(Plan National pour le Developpement: PND 2013~2015)を支援するドナーグループの体制も整いました。このPND 2013~2015の起草作業も、チャド政府からの要請でUNDPが担当しました。チャドがこのプランに従って調和のとれた人間開発を達成すれば、マリのような内戦に再び見舞われることもないでしょう。

UNDP所長の役割
国連システムの常駐調整官とUNDP事務所長は、頻繁に大統領、首相、各省の大臣と会談し、様々な相談を受けます。これは、チャドが国連の加盟国であり、私たち国連職員が加盟国に中立な立場で「奉仕」するために駐在している訳ですから当然のことです。私の携帯電話にもこれら政府首脳の側近や、時にはご本人から、昼夜を問わず連絡が入り、食事や睡眠を中断して会議に直行することもよくあります。

チャドのイドリス・デビィ大統領は、月1回、閣僚や私たち国連機関の代表を集め、保健衛生など、国民への行政サービスの向上のために結果重視の政策を実施するよう、また、そのためのサポートをUNDP、国連児童基金(UNICEF)、世界保健機構(WHO)などから受けるよう大臣達に対して指示されます。国家元首が行政の陣頭指揮を執ることの効果は計り知れません。UNDPはエイズ結核マラリア世界基金から委託を受けた主要実施機関(Principal Recipient)として全国民に対する抗マラリア薬と蚊帳の配布を一手に引き受けています。

また、政府首脳との個別の会談で、国連幹部として民主化プロセスの推進について意見を求められることもあります。こうした活動の中で、外務省時代に外交の現場で諸先輩から受け継いだ経験がとても役に立っています。これは「外交辞令」ではありません(笑)。

国連の課題と将来
昨年、国連エイズ合同計画(UNAIDS)のミシェル・シディベ事務局長(マリ人)がチャドを訪れた際に会談する機会がありました。今後の世界に本当に国連は必要なのか。UNICEF職員として25年間フィールドで働いてきたシディベ氏は自問自答し、次のように述べました。「これからの国連が今までの10年間と同じ仕事をし続けるだけなら、もう国連は不要かもしれない。国連が持つ知識は、政府、企業、NGOなどが既に持っているからだ。もし、今後も国連が必要だとしたら、それは新しいアイディアを伝えることができるからだ。例えば、UNAIDSはエイズの母子感染防止のために国が予算措置を講じることで数年後の医療費を大幅に抑えるというアイディアを実証し、伝えた」。

彼は、情報通信技術の向上が遠隔医療を可能にしたのは、日本の技術と知恵に負うところが大きいことをあげながら、各国の指導者や国民が人類共通の課題に取り組むためにUNDPが果たすべき役割は、計り知れない、そのためにはプログラムの成果を、証拠をもって立証することだと私に述べました。全く同感です。

プログラム開発、組織の能力向上、財務管理、人材の活用、調達などの分野でUNDPには多くの知見があります。更に、政治的に中立な立場で技術協力を促進できることが大きな利点です。その多くは、各国の現地スタッフが担っており、その国内ネットワークや各国間の横のつながりは計り知れないアイディアの源で、アフリカではそれが特に顕著です。現に、どこの国もUNDPの現地スタッフ出身の閣僚や高官が数多く活躍しています。
 
TICADという場を通じて、アフリカの活力が日本の知見や技術を動員することができ、さらに日本がアフリカを一層深く知ることで人類共通の課題を解決するリーダーシップを取れれば、予想を超える成果が達成できるに違いありません。特に、学生など若者の世代で市民レベルの交流を促進すれば、効果は更に大きくなるでしょう。

私もチャドのフィールドから、TICAD Vが日本とアフリカの双方にとり大成功となることを目指します。

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近藤哲生 (こんどう てつお)

1981年外務省入省、フランス、ザイール(現コンゴ民主共和国)、海洋法本部、国連代表部などで勤務した後、UNDP本部に出向、マロック・ブラウン総裁(当時)顧問、国連世銀イラク支援信託基金ドナー委員会事務局長を歴任。2005年に外務省を退職し、UNDPバンコク地域本部スマトラ沖津波被害復興支援顧問、国連東チモール派遣団人道支援調整官、UNDPコソボ事務所副代表、2010年より現職。東京都立大(現首都大)卒。米国ジョーンズ国際大(開発学修士)。東京大学大学院非常勤講師(国際保健政策学)。54歳、東京都出身。 

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