第14回UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 UNDP東ティモール事務所長 田中美樹子さん

 東ティモール国民議会選挙当日治安に当るティモール婦人警察(右)、婦人国連警察官と投票所前で。写真真ん中が筆者。


2013年4月19日

選挙支援は国連開発計画(UNDP)の中で最も大変で且つ面白い分野の一つだと思います。私自身、これまでベナン(2006)、パキスタン(2008)、東ティモール(2012)と3か国でUNDPの選挙支援に関わりました。どの選挙においても、目的は「一国市民が自由、公正、平和に指導者を選ぶ権利」を実現させることですが、国によって政治体制や時勢は非常に異なり、支援の仕方や遭遇する問題、また選挙結果とその後の国と市民にとっての影響も多様です。

選挙支援は次のようなプロセスで進みます。一国政府がUNDPに選挙支援を要請すると、まず国連本部の政務局がその国の政治環境と支援ニーズを調査し、国連が支援すべきか否か、支援する場合はその推奨内容を決めます。選挙の主導権と責任はその国の政府と選挙運営監督機関が担い、UNDPは補佐役を務めます。UNDPの支援が決まると国政府の選挙運営監督機関とプロジェクト合意書を結び有志ドナー(日本、北欧諸国、米国、欧州連合等)から資金供与を受けて実施に至ります。

プロジェクトが立ち上がると、選挙管理、選挙法、有権者登録、選挙ロジ、IT、広報、市民教育などの専門家や国連ボランティアを採用し、ニーズに応じて相手国機関に助言、指導、啓発教育、業務補佐などを計画、準備、実施の各段階で支援をします。日々の支援はこれらプロジェクト人員が行いますが、私を含めUNDP事務所の職員はプロジェクト管理やサポート(人事、調達、財務)のほか、良好な選挙環境と円滑な選挙プロセスを確保できるよう、相手国の政策責任者、政治指導者、ドナーや各国大使館、開発援助機関、非政府組織(NGOs)との連絡調整に奔走します。国連の政治的中立性のため、UNDPは選挙支援のドナー調整役を担うことが多いです。

選挙背景は国それぞれです。ベナンはアフリカの中では「民主主義の灯台」とも言われる国でしたが、2006年大統領選挙では当時の大統領が憲法に規定された立候補年齢制限を越えていたため、法改正や財政難を理由とした選挙延期の声が政府側から強まりました。他方、野党や市民社会から抗議反発が高まるという不安定で先行き不透明な状況でした。

パキスタンの2008年議会選挙は1999年の軍クーデターで大統領の座に就き、ついで2002年選挙で快勝したムシャラフ将軍が臨む2度目の選挙でしたが、前年の最高裁長官停職とそれに対する弁護士やNGOの大々的な反対抗議運動や首都イスラマバード市内の著名モスクの軍による襲撃が誘発した原理主義派集団のテロ活動の激化などが原因で大統領に対する不満が高まっていました。

東ティモールはインドネシアから独立を奪回して10年が経ち、軍や警察間衝突が引き起こした2006年危機からも立ち直った背景のもと、2012年の大統領・国民議会選挙は、国連平和維持ミッション撤収の前提指標の一つとして注目されていました。

UNDPの選挙支援業務はテクニカルな内容ですが、政治環境に否応なく左右されます。特に、開発途上国では行政能力や市民の教育・識字水準などの弱点から選挙過程において様々な問題や障害が生じます。例えば、政権を握る政府からの遅延工作-選挙管理委員会の委員任命遅延、プロジェクト合意書の署名遅延、選挙運営資金の支払い遅延、選挙機材調達遅延など。特に選挙機材調達は色々なリスク―投票用紙・箱の加算や品質不良(選挙不正リスク)、水増しすることで選挙活動等へ資金流用、遅延で透明な公開競争回避-をはらみます。女性、高齢者、社会的少数者は有権者登録と投票の際、作為的あるいは無作為的な参加障害に直面します。治安が悪い所では選挙活動妨害、選挙機材や事務所破壊、恐喝から爆弾テロ、暗殺に至るまでの危険性があるのです。

このような極めて「政治的」な環境の中、いかに選挙過程の独立性と公平性を守るかが選挙支援の一番難しいところです。選挙過程で生じる問題を提起するのもUNDPの仕事ですが、その際UNDPが国内政治に巻き込まれることは絶対に回避しなければなりません。相手側の要望にはなるべく柔軟に対応しますが、選挙過程を妥協する危険性があればノーと言わざるをえません。

UNDPの率いる選挙支援調整会議では集まった各国大使館、開発援助機関、国際NGOが選挙問題について話し合い、支援対策や助言の歩調合せをしますが、特にセンシティブな内容のメッセージは外交使節や国連から協調して政府に伝えることもあります。国連の平和維持・政治ミッションがある国では事務総長特別代表が政府・政党・市民組織との定期対話を持ち、自由・公正・透明・非暴力などの選挙原則に対する公約と厳守を促します。

選挙期日に間に合わせるためには高度な迅速性、正確性、チームワーク、政治的判断力、調整交渉能力が要され、よくも悪くも努力の結果が選挙日に明らかになります。ベナンの2006年大統領選挙ではいわば穴馬候補者ヤイ・ボニ氏が当時の政治行政の腐敗に疲弊した市民に選ばれ、歓喜に酔う一般市民から選挙支援に対する感謝の言葉を受けました。パキスタンの2008年議会選挙は数々の爆弾テロ、国家緊急事態宣言、遊説中のベナジール・ブット前首相の暗殺など波乱万丈の先行期間を経て、故ベナジール・ブットの党が勝利し、数か月後議会による間接選挙でムシャラフ大統領が失脚しました。

東ティモールの2012年大統領選挙では独立闘争の若手指導者で独立後初代軍司令官となったタウル・マタン・ルアク氏が在職大統領に圧勝しました。一方国民議会選挙ではグスマウ首相率いる与党が再選されるとともに、女性議員グループやNGOの功あってアジア最高の38%の女性議員比率を成し遂げました。両選挙ともに国際監視団から高評価を受け、大成功に終わりました。国際支援もありましたが、わずか10年間で国家と平和を構築した東ティモール人の熱意と努力の成果でもあります。選挙が成功裏に終わったのを機に、国連安全保障理事会は平和維持ミッションの撤収を決定し、同年12月末をもち、1999年以来の国連ミッションの派遣と1975年以来の東ティモールの安保理との長い関係に終止符が打たれました。

パキスタンと東ティモールの2か国でUNDPは日本政府から重要な選挙支援を受けています。選挙専門の人員動員の他、半透明投票箱や簡易式投票台、山道や未舗装道を有権者教育や選挙機材輸送のために徘徊する四輪駆動車、票集計と結果伝達のためのコンピューターと映像モニターなど、透明性と効率性を高める目的の様々な機材購入にも役立っています。東ティモールでは初めてテレビを通じて全国各地からの集計場から結果の実況中継が行われ、若い民主国家の進歩の象徴として選挙管理機関の誇りともなりました。

様々な困難を乗り越えて一国の市民が選挙を通して国の指導者を決める過程は感動的で、その過程がより円滑で公正となるべく影ながら手助けするというのは有意義な体験です。ただ、選挙は民主国家の必要条件になり得ても、十分条件とは必ずしも言えません。選ばれた政府指導者や議員は選挙後、公約した貧困解消や行政改革を実現させる義務がありますが、UNDP等の開発援助機関の最大の課題はまさにこの部分の能力育成にあります。組織的な能力強化や改革は時間がかかりますが、市民の積極参加の結果選ばれた指導者は逆に国民に対する義務感と使命感が相対的に強く、開発協力もしやすくなり、結果も出しやすくなります。

振り返れば、私自身20歳を過ぎて初めて日本の選挙に参加した時は選挙の意義もわかっていませんでした。家に届いたはがきを手に近所の学校体育館へ行き、案内に従って投票しました。生活に特に不満はなく、社会問題にもさほど関心なく、候補者や政党の政策の違いもよくわからないまま誰に票を入れたかすら覚えていません。UNDPの仕事を通じて、市民が政治参加できる尊さを教えられるとともに選挙が普通にできる日本人としてのありがたみと反省を実感するようになりました。

---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
田中美樹子 (たなか みきこ)

証券業、タイの旅行会社で日本語指導、NGO勤務の後、1995年にUNDPにJPOとしてラオス事務所に入り、中国事務所、ニューヨーク本部人事部、ベナン事務所、パキスタン事務所を経て2010年から現職に至る。国際基督教大学卒。タイ・国立コーンケーン大学(農村開発管理修士)、ロンドン大学アジア・アフリカ研究所(公共政策管理修士)。50歳、東京都出身。 

UNDP Around the world

You are at UNDP Tokyo 代表事務所
Go to UNDPグローバル