第23回UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 UNDPアジア太平洋地域事務所 宇治和幸さん

 インドアッサム地方における女性HIV陽性者雇用促進プロジェクトを視察する筆者(写真左後ろから4番目)

2014年3月20日

人権、外交、労働生産性、麻薬、法律、越境移民、社会保障、ガバナンス、知的財産権、性的多様性、医療、貿易、コミュニティ・エンパワーメント、性産業、貧困、ジェンダー、差別…。さて、この様々なキーワードの長いリスト全てが関連している分野とは一体どのようなものでしょうか。

国連開発計画(UNDP)で、私がHIV/エイズ問題に従事し始めてから10年超が過ぎました。困ったことに、私の中にあるこのリストは長くなるばかりです。このリストはミレニアム開発目標(MDGs)の1つであるHIV/エイズのまん延防止、減少に必要な要素で、この問題は多岐に渡って複雑に絡み合っていることを象徴しています。また、特定分野で活動する専門機関と異なり、「人間開発」に様々な視点から包括的に取り組み、多岐に渡る分野で信頼関係を築いていくというUNDPの開発スタイルの強みを発揮する「分野横断的アプローチ」の必要性を示しています。

HIV/エイズの業務に従事する中で、「業務に関わるキーワードが増えていく」ことに加えて、もう1つ学んだことがあります。それは「HIVというウイルスはある“性格”を持っている」ということです。一体どのような“性格”なのでしょうか。それは、誤った情報、多様性を拒む風習や法律により、偏見や差別の対象となり、基本的人権と人間としての尊厳が奪われている特定の社会的弱者を狙い撃ちにする“性格”です。

日本を含むアジア太平洋地域においては、HIV感染率が成人人口の0.5%に満たない国がほとんどです(日本のHIV感染率は0.1%未満です)。しかしこれらの国における特定の社会的弱者に目を向けてみると様相は一変します。

例えば、インドネシアでは注射薬物使用者のHIV感染率は30%を超えます。バンコク、ホーチーミン、ジャカルタ、成都などの新興アジア都市部における男性同性愛者のHIV感染率は15-25%にも達しています(ちなみに日本では、2013年の新規HIV感染の7割強が同性間での感染です)。性産業従事者やトランス・ジェンダー(出生時と違う性で生きようとする人々)の感染率も同様に高いものとなっています。また、HIVに感染すると、更なる偏見・差別や病気との闘いが加わります。結果、HIV陽性者、そして時にその子どもを含む家族は、2重、3重の苦悩を背負うことになります。

今年2月のバレンタインデー前日にロンドンで開催されたエイズ対策を議論する国際会議の場で、安倍昭恵総理夫人が私のハートをわし掴みする素晴らしいスピーチをされました。安倍総理夫人は「エイズ根絶のために、私は声なき声に耳を傾け、その声を皆さんに広めていくために、積極的に活動していくつもりです」とスピーチを締めくくりました。これはまさにUNDPが目指すもので、私たちが取り組むHIV/エイズの仕事は社会的弱者の「声なき声」を拾いあげ、その声が関連法律や政策に反映されるよう支援することです。

アジア太平洋地域では過去10年間でHIV感染率低下、治療アクセス向上、偏見や差別を助長する法律・政策の撤廃や改善など様々な成果が見られました。しかしながら、同地域では未だに年間約35万人もが新たにHIVに感染し、治療を必要とする約半数が治療を受けられず、差別や偏見による人権侵害の報告が続く状況です。国連が目指す「HIV 新規感染ゼロ、差別ゼロ、エイズ 関連の疾病による死亡ゼロ」には程遠い状況であり、より一層の努力が必要です。

アジア太平洋地域事務所における私の仕事はいわば「裏方の何でも屋」です。基本的には、UNDPの各国オフィスでのHIV/エイズや保健関連の取り組みがスムーズに進むための“お手伝い”です。プロジェクト立ち上げや資金調達のサポート、政府関係者や当事者団体にUNDPの見解を伝える、セミナーなどの講師、上層部のスピーチ台本づくり、2国間協力の支援、国際専門家の仲介やプロジェクト視察など、要請があればどこにでも飛んでいき、どんなサポートもします。裏方として、現地オフィスの同僚が仕事を進めやすいような環境づくりに全力を注ぎます。

また、HIV/エイズ分野では法律や政治などの理由において国内では活発な議論が難しい時があります。その場合は地域レベルでの議論の場を提供し、多国間での情報交換や協力体制づくりができるよう支援をします。さらに、地域レベルでの研究をし、各国オフィスが必要に応じて根拠に基づく効果的な政策提言ができるように情報提供と環境づくりにも務めています。例えば、今年1月に発刊した報告書『ポスト2015開発アジェンダ:アジア・太平洋地域におけるHIV対策のガバナンスからの教訓』や2013年に発刊した報告書『HIV陽性者の人権侵害に対する法的保護』もその一環です。

近年、UNDPはHIV/エイズのみならず、開発途上国において貧困と深い関わりのある慢性疾患(ガンやタバコ対策)や国民皆保険制度(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ:UHC)における社会的弱者に焦点をあて、世界保健機関(WHO)などと協力しながら人間開発やガバナンスの視点から取り組んでいます。

昨年秋、世界的に権威のある学術誌ランセットにG8国家首脳級として初めて安倍総理の寄稿が掲載されました。安倍総理は日本の発展にも大きく貢献したユニバーサル・ヘルス・カバレッジへの国際的支援を日本外交とポスト2015開発アジェンダの重点分野の1つと位置づけています。そして「疾患中心」から、包括的な「人間中心」アプローチへの転換の重要性を述べています。様々な分野にネットワークを持ち、「人間開発」を理念とするUNDPの特徴を活かしたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ支援を通じ、私も日本人として微力ながら力添えができればと思っています。

UNDPで仕事を始める前に、いくつかの民間企業で営業やマーケティングの業務に携わっていましたが、そこでの業務とUNDPの仕事には共通点が多々あります。民間企業では、顧客のニーズを把握し、それを満たす商品やサービスをつくり、それをマーケティングと営業を通じて購入してもらいます。UNDPでは「顧客」が「社会的弱者」に、「商品やサービス」が「希望、信頼や政策提言」に、「マーケティングと営業」が「コミュニティ・エンパワーメントと政策アドボカシー」に、そして「購入してもらう」が「当事者のプロジェクト参画や社会的弱者により良い政策の実施」に置き換えられます

どんな職種であろうと、相手の立場を考え、ニーズを共有し、強い意思と熱意を持って行動することが共通して大切な要素となることを痛感しています。今後もこのことをしっかりと心に留め、同時にこれまでの私のキャリアを支えて下さった日本政府、組織、多くの方々への感謝の気持ちを忘れず、開発途上国の国づくりの裏方として従事していきたいと思っています。

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宇治和幸
アジア太平洋地域事務所(タイ)・政策スペシャリスト。

エール大学疫学公衆衛生大学院卒。日本の民間企業、東京医科歯科大学大学院勤務などを経て、2003年に外務省からJPO(ジュニア・プロフェッショナル・オフィサー)としてUNDPに派遣される。インド、スリランカでのUNDP勤務を経て、現職。

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