UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」第34回 UNDPイラク事務所  黄丹史織さん

 2015年3月「ハルサ火力発電所改修計画」をイラク政府担当者とUNDPチームで現場モニタリングをする筆者(写真左から3番目)

2015年12月18日

イラン・イラク戦争(1980~88年)、イラクのクウェート侵攻に伴う湾岸戦争(1990~91年)、経済制裁、イラク戦争(2003年)、「ISIL 」のイラク進攻(2014年~)……。イラクはこの30年間、紛争やテロのただ中にいます。2014年には1万人弱がテロで命を落としました。

私は2013年から2月からUNDPイラクで勤務を開始し、2014年5月から勤務拠点がイラク南部のバスラに移りました。友人、知人に「大丈夫?危なくないの?」と聞かれることが多いですが、実際の返答には少し困ります。もちろん、治安は仕事をしていく上で常に気に掛けることであり、残念ながら現在のイラク情勢は予断を許しません。一方で、治安ばかりが取り上げられるイラクですが、言うまでもなく現地では普通に生活を送る人々がいて、私たちが日本で行政に期待することがここでも当然ながら求められています。

例えば、長い戦争と経済制裁によってインフラは老朽化しており、増加する国民の需要に供給が追いついていない現状があります。停電が多いこと、十分な飲み水が提供されないこと、道路補修がされていないことなど不満を持っている人々がいます。現在のイラクからは想像できませんが、1970~1980年代にイラクは中東の中でも非常にインフラ整備が進んだ国でした。

現職につき、まもなく3年目を終えようとしています。私が担当しているのは、日本国際協力機構(JICA)とUNDPのパートナーシップに基づき、JICAが供与する円借款によって実施される公共インフラ事業における調達・財務・契約管理手続きのモニタリング、評価およびそれらに従事する政府関係者の能力開発などです。

JICAはイラク政府に対し、2008年から現在まで約5300億円の円借款をコミット・実施しています。円借款事業はイラクにおける公共サービスの質を向上させることを一義的な目的としつつ、公共事業を行う際の手続きの公平性、透明性・資金の適正使用(アカウンタビリィー、汚職防止)も目的としています。イラクにおける公平なビジネス環境を整え、市場を活性化する狙いもあります。そのため、2008年に日本政府・JICAとイラク政府は共同でイラク復興支援案件をモニタリングする特別委員会を設置しました。UNDPはその特別委員会を中立的な立場で支援する役割を担っています。四半期毎に各省庁の実施機関を含めた両政府関係者が一同に会し、事業の進捗の報告・確認を行うモニタリング会合を開催し、2015年10月には28回目となりました。イラク政府内で最も継続的に実施されている会合です。

UNDPは第三者としての客観性・中立性を保ちつつ、日々、事業の公共調達及び財務手続きの適正性、進捗状況を確認しています。UNDPのイラク人チームメンバーは現場に足を運び、プロジェクトマネージャーから現場のエンジニアに至るまで様々なレベルでの情報収集を行い、現場の状況、特に事業が直面しているチャレンジを適正に把握できるように努めています。その結果を分析し、事業実施における改善点やイラク政府内の手続き整備等を日本・イラク政府双方に対し提案しています。また、スムーズな案件実施の為に必要な能力と、案件実施を担うイラク政府のプロジェクト・マネージメント・チームのメンバーの現在の能力との間のギャップを埋めるために、様々な研修を行っています。例えば、今年10月には約1週間、東京でJICA、(株)東京三菱UFJ銀行の協力の下、プロジェクト・マネージメント・チームの財務担当者約15人を対象に財務研修をしました。イラクでは滞りがちなL/Cによる支払い業務について、実際に手を動かしつつ適切な書類作成を目指して細部に至るまで研修を受けました。これは、パートナーシップを開始して以来、初心者を対象に毎年行っている研修で、貿易決済のための信用状開設手続きにかかる平均期間は、イラク政府事業と比べると3分の1以下、円借事業開始当初と比べても半分以下まで短縮されているという効果を上げています。

関係者の継続的な努力で、当初は実施している案件の個々の問題点をどう解決していくかに主眼が置かれていたモニタリング会合の議題も、イラクの円借款事業に関わる全ての省庁・国営企業、日本政府・JICAおよびUNDPが1つのチームとなって、より横断的な問題をどうやって解決していくのか、イラク市場を魅力的なビジネス環境に発展させていくにはどのような体制が望ましいのかといった、大局的な議論に変わってきています。

円借款事業は他の開発事業に比べ効率的かつ経済的であるというデータも蓄積されつつあります。円借事業を通じてプロジェクト・マネージメント・チームが成功体験を積み重ねることにより自信が生まれ、この経験を他のイラク政府資本の開発事業にも活かしたいという主体的な意識が強くなってきています。

こうしたイラク政府の意識の変化を踏まえ、UNDPは、ニーズに応え、彼らが次のステップに進めるような支援を心掛けています。例えば、最初は講義形式の研修を主体としていましたが、現在はワークショップ形式で知見を共有する研修も交え、省庁間の垣根を超えて学ぶ場を設け、各プロジェクトマネージャーが週末に集まる勉強会をしています。

現職に就いて、前任者や関係者が組み立ててきたシステムが軌道に乗り、イラクにおけるビジネス環境が少しずつですが、改善されていく様子を肌で感じることができていました。しかし、2014年6月の「ISIL」の台頭を迎えて以降、再び、治安状況が悪くなり、治安維持費用の増加、石油価格の下落がイラク経済へ大きな影響を落としています。世界有数の産油国として、勢いのある復興を目指していたイラクが、経済及び治安状況の困難な中、シビアに優先順位をつけながら復興・開発を進めなければいけない状況に陥っています。しかし、その困難な状況下にあるからこそできる変革があると思います。円借款事業に従事するイラク政府の職員たちは、「円借款事業で、資金やインフラを得たことだけではなく、知識、ノウハウ、そして、『いかに働くのか』ということを学んだことこそが重要なのだ」と言います。取捨選択しながら、真にイラク国そしてイラク国民に最も必要なものを進めていこうとしているこの時期に、UNDPとしてどんな付加価値を提供するのか、UNDPとして提供しているものが真に求められているものか、常に自問自答の毎日です。

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黄丹史織(おおたん しおり)
Procurement Specialist, Loan Management Unit
Inclusive Growth and Private Sector Development,
UNDPイラク事務所

九州大学法学部卒、英国University of Warwick(LLM, Law in Development)修了、民間企業、一般財団法人・日本国際協力システム(ODA調達業務に従事。JICAヨルダン事務所出向、パレスチナ赴任を含む)勤務を経て、2013年2月よりUNDPイラク事務所勤務。

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