UNDP邦人職員リレーエッセイ「開発現場から」 第39回 UNDPネパール事務所 遠藤智夏さん


2016年12月27日

ある平凡な土曜日、自宅アパートの5階の窓からヒマラヤ山脈を眺めていると、目の前の木に止まっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、突然山が揺れ始めた…と思ったら実は揺れていたのは自分の建物。とっさに隠れたテーブルの下で、なかなか止まらない大きな横揺れに耐えながら、棚や壁から物がひっきりなしに落ちる音が耳に入ってきた。

「この建物、もうダメかもしれない…」

そんなことが頭をよぎったのは私だけでなく、2015年4月25日のネパール大地震を経験した多くの方々も類似した状況だったことでしょう。

当時ネパールでは、規模の大きい地震が過去80年近く起こっておらず、次にいつ大地震が起きてもおかしくないという状況でした。私は2014年2月から国連開発計画(UNDP)ネパール事務所の環境・気候変動・防災ユニットに所属し、当国の防災能力の強化に向けて取り組んでいました。日本と同様、ネパールにはあらゆる自然災害のリスクが潜在しており、減災・防災の知識と取り組みの欠如、さらには貧困などの経済・社会的背景が、災害時の人々の脆弱性を高めています。

カトマンズ盆地は、1996年から活発になったマオイスト運動を背景に、治安の悪化を懸念する人々が地方から流れてきたことにより、急速に人口が増加し、都市化が進みました。都市計画や建物の建築基準の遵守を進める余裕も無く、建物が乱立し、人々が所狭しと暮らす環境そのものが地震のような自然災害に対する脆さを生み出してきました。

このような状況を受け、ネパール政府都市計画開発省は2014年に、都市部における耐震を考慮した家屋建築の促進するための国家政策・実施計画の立案をし始めました。政府・非政府のマルチステークホルダーが関わるこのプロセスをUNDPネパール事務所は支援していました。包括的に建物の耐震強化と様々なリスクを考慮した安全な都市開発を、と政府主導での取り組みが始まるその矢先に、マグニチュード7.8の地震が起きたのです。

89万戸以上の家屋が倒壊・半壊し、9000人近く死者が出ました。人口の3割近くに影響があったとされるこの地震は、アジア開発銀行の調査で、国のGDPの3割もの経済的損失を生み出した末、経済成長を阻害し(年間4.6%の成長率が見込まれていたところ、3.8%に下方修正)、70万人近くが貧困ライン以下の生活環境に陥るとまで予測されました。これまで積み上げてきた個人・国レベルでの富がわずか数日で一気に失われたのです。これを取り戻すのに、また何年とかかります。

マグニチュード7.6の地震で9000人近くの死者数が出るネパールを、チリ(2010年、マグニチュード8.8、死者525人)や日本 (2011年、マグニチュード9.0、地震の揺れそのものが原因となる死者90人)などのケースと比較すると、同国のような発展途上国の脆弱性がさらに強調されます。

被害を受けた89万戸もの建物の多くは、貧困に苦しむ地方の世帯の家、学校やヘルスクリニック、地方政府の建物などが含まれます。また、農業分野での損失は多くの人の生活水準を悪化させる結果となりました。災害後復興ニーズ評価調査(PDNA)や災害後復興フレームワーク(PDRF)の中の優先順位に基づき、震災後の復興をリードする復興庁は、日本を含む数々のドナー支援(2016年10月時点で総額約20億ドル)を受けながら、住宅・インフラ復興や生計復興に取り組んでいます。一部住宅復興交付金の付与なども行っており、これまでに40万世帯がはじめの支払い (3回の分割払いとなっている)を受け取りました。学校の復興においては、8800もの教室の建て直しが始まっています。重要文化遺産の再建築も進んでいます。一方で、前述した通り、地震の損失と被害の規模は半端でなく、復興庁の効率性の向上の余地も大きいのが現状です。

UNDPネパール事務所は、震災後に新しく復興・レジリエンス部を設置し、復興庁がリードする震災復興を支援する体制を整えました。復興庁の効率化を図るべく、組織の能力強化と政策立案支援、被災者の生計向上・地域の小規模インフラの復興、地方政府機能の回復、さらに防災・減災への取り組みの強化を支援しています。

今回の震災でネパールが身をもって学んだのは、災害は持続的な開発を阻害するということです。この地震が起こる1か月前に、仙台市で第3回国連防災世界会議が開催されました。そこで採択された仙台防災枠組2015-2030には4つの原理があり、その一つが「より良い復興 (Build Back Better)」を謳っています。UNDPは、復興の機会をとらえ、将来の災害リスクに対する備えがこのプロセスの中で強化され、ネパールの持続可能な開発目標に基づいた長期的な開発に資するような形での復興支援を行っています。これは、強靭性(レジリエンス)の高いネパールの国づくりへの支援でもあります。

地震が起こった2015年の冬、エベレスト・ベースキャンプに登山に行きました。エベレスト山脈への登山道が通るソルクンブ地方は、地震の大きな被害を受けています。道中、全壊した数々の家屋を目にしました。地震の際の雪崩で、命を落とした人の話も聞きました。そんな12日間の登山で感じたのは、富士山よりもはるかに高い標高4000〜5000mの山奥に住むネパール人の強靭さです。震災後最初の冬を迎えたネパールは、インドとの国境封鎖に起因する物資不足で経済的に大変な状況にありました。そのような中、ソルクンブ県の方たちは、壊れた家を建て直すための資材を何日もかけて頭に担いで市場のある山の麓から持ってきて、政府からの援助が届くのを待たずに建て直していました。また、ガスボンベ不足を受けて、太陽光を使って日々の必要なエネルギーを賄っていました。さらに、震災後の収入の回復のために、登山客を受け入れる宿を自分たちの力でいち早く修復していました。

竹のようにしなりの強さで、地震や物資不足のような外的ショックに順応していく能力。ネパールの一番の魅力は人の豊かさと強靭さであり、その強さを醸成してきたダイナミックな自然なのだと感じます。防災などの政策面での取り組みに集中していると、物事の進みが遅くイライラし、また自分の力不足を感じることが多々あります。しかし、ソルクンブ県の方達のようなネパール人のたくましさに触れる時、私たちUNDPの仕事の中心は「人」であって、この人達の裨益が一番にあっての日々の仕事なのだと再認識します。その姿勢を忘れずに、まだまだ先が長い震災復興、それから防災への取り組みに尽力していきたいと思います。

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遠藤智夏(えんどうちなつ)
UNDPネパール事務所、プログラムアナリスト。環境・エネルギー・気候変動・防災ユニット、及び震災復興・レジリエンスユニットに所属。2006年山梨大学国際共生社会過程を卒業後、ロータリー国際親善奨学金を通じてメルボルン大学で開発学修士号を取得。Sustainable Investment Research Institute (社会的責任投資の評価機関)、在ザンビア日本大使館及び在スーダン(後に南スーダン)日本大使館で政府開発援助(ODA)に係る援助調整や草の根無償資金事業の実施に携わった後、2014年1月より現職。

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