UNDP邦人職員リレー・エッセイ「開発現場から」第41回 UNDPシリア事務所副所長 須崎彰子さん


2017年4月3日

紛争国シリアに行くためには一度隣国レバノンの首都ベイルートに空路で入国し、陸路でレバノン山脈を越えてシリアに入国する必要があります。2016年1月のシリア着任時に機内から見るベイルートの青い地中海と、雪を頂くレバノン・シリア国境の山々は、2002年にレバノン留学を終えて出国した時と全く変わっていませんでした。ベイルートの喧騒は14年前と同じでしたが、セキュリテイは厳重で、華やかな街に経済の動きは見えず、至るところでシリア難民を目にし、会う人ごとにため息とともに語られたのがシリア紛争と、レバノンを含む近隣諸国への影響でした。

学生時代にアラビア語を専攻し、民間企業でイラクでの変電所建設プロジェクト現地勤務を振り出しに、国連開発計画(UNDP)イラク事務所、国連工業開発機関(UNIDO) 本部勤務を経てレバノン留学。UNDPミャンマー事務所では草の根民主化と貧困対策を、UNDP本部アジア太平洋局では紛争中のアフガニスタンを担当。南太平洋のUNDPソロモン諸島事務所では議会選挙、紛争後の社会融和と自然災害対策に従事しました。南太平洋で“中東の春”に揺れる中近東諸国のニュースを聞くにつれ、私の原点の中東に戻り、紛争国に勤務をしようという思いが募り、2016年1月から紛争中のシリアに勤務しています。

2017年3月15日でシリア紛争は7年目に入り、その結果シリア国内で1300万人が人道支援を必要とし、そのうち570万人が極度の貧困状態です。家を追われた国内避難民(IDPs)は630万人で、さらに480万人が近隣諸国へ避難しました。現在シリア国内では 就労可能人口の半数以上が失業中と推測され、結果シリア紛争は今世紀になって最大の人道危機と考えられています。この紛争の影響は国内だけにとどまらず、近隣諸国及びヨーロッパへの難民問題を引き起こし、さらに90国籍以上の戦闘員がシリア国内にいるとも言われ、紛争は国境を越えた国際問題となっています。

国外に避難したシリア人の様子はしばしば報道されますが、国内に残るより多くのシリア人と、国連を通じた被災者支援については、知っていただく機会が少ないのが現状です。このため、この機会をお借りして、私の2016年1月のUNDPシリア事務所着任以降の、UNDPの被災者支援についてお知らせしたいと思います。

シリア国内では各地で戦闘が続いていると報道されていますが、アクセスできない紛争地区(IS占領地区を含む)、紛争後地区、そして紛争の影響が限られ、比較的安全に日常生活ができる地域が地図上で入り組んでいるのが現状です。紛争で大きく破壊された町が報道されることがありますが、サテライト写真から見える建物の崩壊は、紛争の影響のほんの一部でしかなく、紛争の影響は直接の紛争地区以外でも、国のほとんどの地域に広がっています。

例えば被災した町から、被災者が比較的安全な地域に国内避難民として移動し、国内避難民キャンプではなく、親戚や知人の家の世話になるケースが数多くあります。結果、たとえば一家5人が住んでいたアパートの部屋にさらに1-2世帯が入居し、15人以上が同じ室内に住むことも多く、これらの人たちの生活費を賄うのは、アパートの世帯主となります。仕事の機会が限られ、失業率の高い今、ひいては世帯主の経済的に大きな負担となります。このため支援を行う場合は、被災者と被災者受け入れコミュニテイを、同時に支援し、双方のレジリエンスを高める必要があります。UNDPは支援地における事前の“紛争分析(Conflict Analysis)”を行うことで、支援が新たな対立の火種にならないよう配慮しています。それでは具体的にどのような支援をUNDPシリア事務所は行っているのでしょうか。

UNDP シリア事務所による被災者支援
UNDPシリア事務所はこの紛争に際し、被災したシリア人とそのコミュニテイのレジリエンスを向上させるため、下記の3本柱の支援をしています。

1.被災した社会的インフラおよび教育や保健の基本的サービスの復旧:被災地の瓦礫撤去やごみ収集を行い、さらに被災者のライフラインを維持するための電力供給や給水施設を復旧。これにより病院、教育機関の継続運営を目指します。2015年にホムス市では紛争のため、4800の店舗がにぎわった歴史ある商店街が骨組み以外は全壊。UNDPは商店街の瓦礫撤去、ごみ回収、さらに給水と給電の復旧を行い、その結果2016年末までに商店街で20店舗が再開しました。これにより商店街での雇用の復活、そしてホムス市の経済再生の糸口となることが期待されています。

2.雇用の創出:被災者、国内避難民そして国内避難民を受け入れているコミュニテイに雇用を創出し、生活を支援します。国内で増えている女性の世帯主に対し、UNDPが縫製所や食品加工所を設置、再開することで女性の雇用の機会を作り、収入を得られるよう、さらには紛争で増加した身体障がい者への義足とリハビリの機会の提供による社会復帰支援をしています。

3.社会的結束、融合の促進:シリアには様々な宗教と地域文化が存在し、異なった背景と信条を持つ人たちが紛争により対立している現状を鑑み、UNDPは社会の中での融合のきっかけづくりとフォローアップを目指します。首都ダマスカス北西のマアルーラ町はキリスト教徒とイスラム教徒の共存で知られた観光の町でしたが、紛争により、紀元前からの歴史を持つ旧市街が被災し、キリスト教とイスラム教の施設がともに被害を受け、住民が退避しました。UNDPは旧市街の瓦礫撤去に被災者を雇用することで住民の帰還を促し、両宗派の住民が使う文化センターを復旧することで、住民間での対話の機会を提供しています。

これらの3つの分野はそれぞれ関連があり、瓦礫撤去の際に被災者を短期雇用することによって、被災者世帯が現金収入を得ることができ、さらには被災した公園の復旧を近隣の様々な背景の若い人達が一緒に行うことで、完成後の公園での共同活動が期待されています。

今後の活動課題
UNDPシリア事務所の今後の課題は支援地域と対象者を拡大し、より多くの国内のシリア人に上記の3分野での支援を届けること、新しい分野への支援を始めること、そして将来の紛争終結時に向けての準備を進めることです。この3月に日本政府の補正予算でシリア事務所は“Training for All” プロジェクトの実施を開始しました。これは紛争開始以来、トレーニングの機会を失ったシリア人専門家の技術の維持、向上を目指すプロジェクトで、UNDPと5つの国連機関が連携し、医療、農業、考古学などを含めた幅広い分野での能力強化を目指しています。

さて首都ダマスカスでは、UNDP事務所や宿舎は比較的安全で日常の生活ができる地域にありますが、市内でも局地的に紛争地域があるため、職員の市内の移動は防弾車を利用し、安全確保を最前提で活動を行う必要があります。事務所のシリア人職員は直接間接に、皆この7年目に入った紛争の影響を受けています。一方、ともすれば紛争関連の暗い話題になりがちな一日の中で、シリア人職員の仕事への強い責任感とたゆまぬチームワーク、さらには厳しい環境でも忘れないユーモアのセンスに、勤務を開始して以来何度も励まされたのも事実です。またの機会にシリアでの被災者支援(続)をお話ししましょう。

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須崎彰子(すざきあきこ)
国連開発計画(UNDP)シリア事務所副所長

東京外国語大学文学士、シラキューズ大学社会学修士(ニューヨーク州)、レバニーズアメリカン大学経営学修士(レバノン)。株式会社明電舎で変電機器の国際営業、およびイラクにて変電所建設現地工事に従事後、UNDPイラク事務所勤務。そののち国連工業開発機関(UNIDO)ウイーン本部勤務。レバノン留学を経てUNDP ミャンマー事務所副代表、UNDP 本部勤務を経て、南太平洋UNDPソロモン諸島事務所副代表兼国連ジョイントプレゼンスマネージャー勤務。2016年1月より現職。