UNDP邦人職員リレー・エッセイ「開発現場から」 第43回 パプアニューギニア国連常駐調整官事務所 近藤千華さん

 メディアを招待して定期的に行っているパネルディスカッションイベントでモデレーターを務める筆者(2017年9月)


2017年10月20日

パプアニューギニアについて

パプアニューギニアは日本からは直行便で約6時間で到着する太平洋の近隣国ですが、日本での報道が限られているため大多数の日本人にとって未知の国だと思います。同国は日本の約1.25倍の国土に人口約8百万人(大洋州島嶼国の全人口の75%)を有する大洋州島嶼国の中の大国です。液化天然ガス・原油等の資源開発に牽引され著しい経済成長を遂げ中進国となった一方で、経済開発の恩恵は一般国民に十分に届いておらず同国はミレニアム開発目標(MDGs)を一つも達成できなかった世界3カ国に入ってしまいました。教育・保健といった社会開発指標は軒並み低く、人々はサブサハラ・アフリカと同様のサポートを必要としています。例として、2人に1人の子どもに栄養失調による成長の遅れが見受けられ(世界で4番目に高い割合)、人口の6割が安全な水を享受することが難しい状況にあります。また成人識字率は62%に留まります。

人口の8割は地方に居住し、主として自家消費型の農漁業を営んでいます。その多くが現金収入源を欠いており、物入り時には親族に頼るのが慣行です。同国には800以上の民族がいると言われており部族意識が非常に強く、「ワントク」と呼ぶ同族同士の結束は脆弱時のセーフティネットとして機能する一方、部族間の抗争も多く、国家開発に支障を与えています。争い事は法でなく力で解決する傾向が高く、人々はこれを「ジャングル・ジャスティス」と定義しています。そうした背景からか、女性・子どもへの暴力も家庭・社会で蔓延しており女性は3人に2人の割合で何らかの暴力を受けています。「父親が母親に暴力を振るうのは愛情表現だと思っていた。」これは私が最近耳にした衝撃的な発言の一つです。

 

仕事内容

こうした様々な開発課題を抱える同国での国連の仕事は多岐に渡ります。現在合計20の国連機関が同国を支援しており、私の所属する国連常駐調整官事務所は各機関が協力してより効果的・効率的な支援を行えるよう調整業務を行っています。具体的には「1つの国連(Delivering as One)」という2005年に提唱された政策に基づき、1人のリーダー、1つのプログラム、1つの予算、1つのオフィスを目指しての調整を行っています。国連に詳しい方ならご存知だと思いますが、こうした1つの国連を目指す改革は道半ば、というのが現状です。各国連機関の統制機能の多くは未だ縦割りで構成されている為、各機関の本部・地域部での抜本的な合意と調整なしには国事務所での調整には必然的に限界が生じてきます。

私は広報専門官として同事務所に配属されており、コミュニケーション分野に特化しての調整を行っています。各機関の広報官によって構成される国連コミュニケーショングループという組織の議長を務め、各機関の広報戦略・計画・活動が重複する部分において協同するよう促し、グループ全体として1つの国連をアピールするための広報活動を計画し実施しています。配属当初直面したのは、各機関広報官は機関独自の広報に専念したい、もしくは多忙でなかなか合同の活動には参加してくれないという実態でした。前述の通り、縦割り行政で動くメンバーに対する実質的な業務権限が一切ない中でグループを率いる必要があり、如何にして彼らを動機付けグループ全体としての結果を残せるか試行錯誤してきました。

幸い赴任した2016年は持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)の施行初年度でしたので、この包括的開発目標を切り口に、各機関が裨益しうる広報活動を立ち上げました。例として、国営テレビ局とラジオ局、及び同国最大の新聞社から協力を取り付け、17の開発目標について関連する国連機関がメディアに登場する機会を設けました。各機関は広報の機会を得られるメリットがあると共に、国連全体としての広報活動の意義を強調することが出来ました。グループの活動予算は最低限に抑えられているので、このように様々な機関に出向いてパートナーシップの構築に力を入れゼロ・コストで出来る活動の枠を広げてきました。パプアニューギニアオリンピック委員会とも連携し、著名なオリンピック選手達がSDGsのチャンピオンとして広報活動に参加する枠組みを作り、スポーツイベント等でSDGsを広報する機会を設け、かつ各国連機関独自のイベントにも彼らを活用してきました。最近では国連本部からイノベーション・プロジェクト枠の追加予算を取り付け、携帯電話のメッセージ機能を用いたプロジェクトを立ち上げ、国民1万人を対象に指標の存在しない分野の簡易調査を実施しました。州毎に集められた指標は各機関でのプログラム策定・実施に活かされる予定です。これら個々の活動及び調整業務から得た経験を基に、現在は2018年開始の5ヵ年国連開発戦略を支えるコミュニケーション戦略を策定しており、各機関のオーナーシップとコミットメントをより一層醸成すべく試行錯誤を続けているところです。

 

これまでの道のり(国連を目指した理由)

現在私は常駐調整官特別補佐官(Special Assistant to Resident Coordinator: SARC)として外務省のJPO制度を通じて派遣されています。私はウガンダで青年海外協力隊として国際開発業界への第一歩を踏み出しました。バイク1台と机・椅子以外の活動資源がない中、同国の地方県庁で「何が出来るか」と自問自答・試行錯誤しながら過ごした2年間は非常に濃厚で学びの多いものでした。結果として残せたものは殆どないと思うのですが、誰かの役に立っていると感じることが出来る仕事に強い生きがいを感じ、国際開発の道を歩み続けることにしました。その後大学院進学を経て、国際協力機構(JICA)や日本大使館で開発事業に携わってきました。日本の二国間援助に対する途上国政府の信頼は非常に厚く、役人との対話では常に「日本の技術・知見は素晴らしい」と意見を頂いてきました。一方でドナー会合に出席したり他国機関の方と話をする中で、日本に拘らず世界のベストプラクティスを支援先に提供できるような職場で働きたいと思うようになり、国連を目指すようになりました。

国連では上述のように特にパートナーシップ構築やイノベーション追及といった分野において、制約に囚われず率先して取り組めることに非常にやりがいを感じています。世界各国の先進的取り組みを参照することも出来ますし、様々なバックグラウンドを持つ同僚から得られる知見は非常に学びの多いものです。新たな国連事務総長の指揮下で国連改革が更に組織的に促進されていく見込みですので、同改革の基盤となる国連協調という分野での実体験を積むことができたことは今後のキャリアに非常に役立つものであると感じています。また現業務において様々な制約下で出来ることを開拓して取り組む姿勢は青年海外協力隊で培ったものであり、より多くの協力隊経験者が国際機関で活躍できるよう応援したいと思っています。

 

家庭・育児との両立

実は国連を目指そうと決めて以後、JPO制度には3回応募しましたが合格が出ずにいました。不合格の理由は正確には分かりませんが、1つには私自身のキャリアが一直線ではないことが考えられると思っています。大学院在学中に結婚して以後、同じ業界で働く夫の赴任国についていく形でキャリアを築いてきた私の経歴書は軸がないように見えかねないと懸念を常に抱えていました。最終的に年齢制限ぎりぎりでJPO・SARCに合格した為、第二子出産の直後、かつ夫はヨーロッパ留学中という困難な状況でしたが、パプアニューギニアへの子連れ単身赴任を決意しました。

上司及び勤務地にも依るので一概には言えませんが、日本の組織と比べ国連は家庭・育児との両立がし易い環境であると感じています。定時帰宅に対する罪悪感がないことが最も大きく、業務終了時刻後は直ちに子ども達との時間をもつことが出来ます。職場から車で5分の距離にある自宅には昼食時間にも帰宅し、まだ幼稚園に通っていない下の子とお手伝いさんの様子を確認するようにしています。仕事と育児のストレス、子供を預けるお手伝いさんとのコミュニケーションを含む家庭での負荷が重なって挫けそうになる時もありますが、子ども達の寝顔を見るたびに励まされ、明日も頑張ろうと立ち直るようにしています。また夫とも休みをお互いに調整して行き来するようにしてきましたので、結果として2ヶ月に1回は合流することが出来ました。

国連に限らず国際開発業界で努める女性の多くは(私もそうであったように)、点々としうる赴任国と家庭・育児とどうやってバランスをとるかということに悩むことがあると思います。家庭それぞれのポリシーがあると思いますが、私たちの場合はその時々のチャンスや状況に応じて夫婦間でよく話し合い、その時にベストと思える臨機応変な選択をして選んだ道の中で最善を尽くすのが良いと考えています。また私は一見するとジグザグなキャリアを積んできたことが悩みでありますが、一歩引いて俯瞰的視点で見ると経験の一点一点が繋がるときが必ずきましたし、これからもそうであると信じています。このように過去の経験を最大限に生かしつつ、家庭・育児とのバランスを保ちつつ、引き続き国際開発に貢献していきたいと思っています。

 

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近藤 千華(こんどう・ちか)

パプアニューギニア国連常駐調整官事務所広報専門官

上智大学にて学士号取得(法学)後、民間金融機関にて勤務。その後青年海外協力隊(村落開発普及員)としてウガンダに赴任した後、英国エセックス大学にて修士号(人権学)取得。JICA本部大洋州課・専門嘱託職員、在フィジー日本大使館・草の根無償資金協力委嘱員、タンザニアJICAプロジェクト業務調整員を経て2016年2月より現職。

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