人間の安全保障基金を通じての国際協力①―近藤哲生UNDP駐日代表が語る

2014/02/20

人間の安全保障基金の拠出を受け、UNDPが実施した起業家支援トレーニングの様子 Photo:UNDP Kosovo


日本政府が主導し、1999年に約5億円を拠出して国連に「人間の安全保障基金」が設置されて今年で15年になります。日本は201311月までに約428億円を拠出し、紛争、災害などで「人間の安全保障」が脅かされるような国々で、同基金を活用して様々なプロジェクトを実施してきました。国連開発計画(UNDP)はその最大実施機関として、日本政府のイニシアティブと緊密に連携しています。基金設立当時、国連・日本政府代表部に勤務し、UNDPコソボ事務所、UNDPチャド事務所勤務時には基金を活用してプロジェクトを実施した近藤哲生UNDP駐日代表が、「人間の安全保障基金」が世界で果たしてきた役割や意義について語ります。

Q:人間の安全保障基金の設置経緯や日本政府の期待について聞かせてください
近藤:人間の安全保障基金の設置当時、私は外務省職員としてニューヨークの国連・日本政府代表部で、国連の行政、財政、開発、安全保障理事会を担当しておりました。小渕恵三総理(当時)の意向で、日本と国連の協力イニシアティブとして、日本のリーダーシップで「人間の安全保障」を確保する基金として設置されました。当時、アジアの通貨危機の影響を受けて経済が低迷し、それに起因する貧困や労働問題が起きていました。また、冷戦終結から10年が経過し、世界の各地で民族対立などの社会問題も浮き彫りになっておりました。人道支援はもとより復興支援に役立てようと、日本がリーダーシップを発揮しました。

これは非常に画期的なことで、日本が国際協力機構(JICA)や国連機関や相手国政府に直接お金を渡すのではなく、国連が加盟国や地域が抱えている状況を見て「人間の安全保障が脅かされている」と認識する状況に対し、日本政府が事前に預けたお金(基金)を使ってプロジェクトを実施するというものです。日本の国連を通じた外交へのコミットの表れでもありました。国連の中立性、普遍性への評価、現場のニーズに精通しているという信頼、そして、国連ならば戦争などで危険地域に指定されているところにも入って支援を実施できるということも、国連を通じた援助への背景にありました。

Q:「人間の安全保障基金」設置への国際的な評価はいかがだったのでしょうか
近藤:評価は非常に高いものでした。日本はそれまでも国連・安全保障理事会の非常任理事国として、世界の平和や安定に対して積極的に貢献しようとする姿勢を評価されていましたが、さらに評価を上げました。紛争の関与、人道状況が悪化している状況への関与をより理念あるものにして、あらゆる要因で生活が困難になっている人の生活を改善するために「人間の安全保障基金」が活用されています。従来の形で紛争解決、国連平和維持活動(Peacekeeping Operations: PKO)派遣、人道支援の派遣で対処するのに加えて、最も危機的な状況を脱した後に復興や生活再建を支援できるイニシアティブとして評価を受けています。

Q:基金による支援のメリットとはどのようなものがあるのでしょうか
近藤:人間の安全保障基金の特徴で、メリットの1つは、ジョイント・プロジェクト方式を採用していることです。人間の安全保障基金を活用したプロジェクト実施は1機関だけではできず、少なくとも2つ、あるいはそれ以上の国連機関が協働することが条件となります。プロジェクト作成から、実際に国連が介入して住民支援を実施する段階、終了後の成果評価まで、複数の国連機関が一貫して共同で作業をすることになります。

1機関だけでの実施となると、その機関の使命・優先事項に沿った限定的な介入になる恐れもありますが、複数機関で実施することで多角的に受益者の住民の生活を改善できます。例えば、UNDPと国連児童基金(UNICEF)がジョイント・プロジェクトを実施する場合、UNICEFの強みである「子どもの支援」と、UNDPの強みである「ガバナンス強化や貧困削減」などを組み合わせた支援ができます。社会問題は単独で起きるものでも、単独で解決できるものでもありません。その背後にある問題を合わせて解決を図る必要があります。連携によって、より専門的な関与ができます。

また、現在は国連常駐調整官システムなどが多くの国で機能していますが、人間の安全保障基金が設置された当初はフィールドでの各国連機関の調整はしっかりとシステム化されてはいませんでした。このジョイント・プログラムを通じて各国連機関が共同でプロジェクトを実施し、業務調整をしていくというメカニズム構築の先駆的な成果にもなりました。

Q:人間の安全保障基金を利用していく上で課題はどのようなものがあるのでしょうか
近藤:人間の安全保障基金から資金拠出を受けるには、「人間の安全保障」が脅かされているという状況をプロジェクト提案書できちんと説明し、基金の事務局から採択される必要があります。しかし、「人間の安全保障」の概念*には様々な解釈があり、提案書が採択されるまでに何度も書き直しが求められることもあります。人間の安全保障が脅かされるような紛争や紛争直後の現場においてはニーズに応えて迅速にプロジェクトを実施する必要がある一方で、国連の「資金を趣旨に基づき、公正に計画的に使う」という原則や、それに伴う手続きの煩雑さもあります。現地のニーズに応えるためにはお互いに妥協が必要で、どこに折り合いをつけるかということを考えていく必要があります。

また、人間の安全保障が脅かされる段階になったときに国際社会は何ができるかということへの見解も国によって異なります。人間の安全保障は、危機が過ぎて持続・長期的な開発に移るときに一番必要となりますが、その時点で、受入国の政府が同意しないような内政介入ができるかということと、国際社会の「保護する責任(responsibility to protectR2P)」の議論が交錯しました。これは基金設立後に運用する段階で直面した課題です。

Q:人間の安全保障基金は実際に現場ではどのように活用されているのでしょうか
近藤:私が2007年から2010年まで常駐副代表を務めたUNDPコソボ事務所では、ほかの4つの国連機関と一緒に、人間の安全保障基金から拠出を受けて「コソボ共和国ミトロビツァ南・北及びズベチャンにおけるコミュニティの安定及び人間の安全保障の実現のためのマルチ・セクター・イニシアティブ」(20082010年)を実施しました。コソボは約90%がアルバニア系住民、約10%がセルビア系住民で構成されていますが、北部の都市ミトロビツァはセルビア系住民が大多数を占めています。ミトロビツァでは、アルバニア系住民が主体のコソボ中央政府を認めないという立場で、セルビア系住民が自治州の知事という肩書で自治を管理していました。しかし、そのような状況では行政は十分に機能せず、行政サービス機関が存在しない状況となり、治安も脅かされるようになりました。

そこで、人間の安全保障基金を活用し、国連が行政機関に代わって行政サービスを提供するというプロジェクトを実施しました。行政サービスをただ提供するだけではなく、そのプロセスで民族間の対立を軽減する工夫をしました。例えば、学校や病院の掲示にはアルバニア語、セルビア語、英語の3か国語を使い、木工や手芸などの職業訓練ではアルバニア系住民とセルビア系住民が一緒にその機会を享受できるようにしました。プロジェクト・スタッフも両方の民族から雇用しました。

結果、一緒に同じ目的(職業訓練の場合は、技術を習得して生活できるような収入を得るなど)に向かい、各々の生活も安定することで、民族的な対立感情を乗り越えて一緒にやっていけるという認識が生まれてきました。プロジェクト終了時のアンケート調査では、「異民族が身近に感じられるようになった」、「両民族が協力したほうが機会に恵まれる」といった好意的な回答が多く寄せられました。人間の安全保障基金によるプロジェクトは2010年で終了しましたが、ノルウェー政府によって引き継がれています。

Q:人間の安全保障基金で実施するプロジェクトは、日本政府の顔の見える援助につながっているのでしょうか
近藤:もちろんつながっています。人間の安全保障基金を活用する機関は必ず、日本が主に資金拠出をする同基金の援助で実施される旨をプロジェクト裨益者に説明をします。また、複数の国連機関が専門性を生かして実施することで、プロジェクトのインパクトも非常に大きいです。人間の安全保障基金による支援が世界各地で実施されることで、日本のプレゼンスも増しています。

日本は第2次世界大戦以降、アフリカや旧ユーゴスラビアなど世界各地で起きた紛争において直接・間接的に関与して利害当事者になることはほとんどありませんでした。その日本がリーダーシップをとる人間の安全保障基金ということで中立性が示せるし、日本の戦後復興、経済力、平和主義、文化、そういったものに注目してもらう効果もあります。

Q:人間の安全保障基金への今後の期待について聞かせてください
近藤:人間の安全保障基金をさらに幅広く活用する中で、ポスト2015開発アジェンダ(ミレニアム開発目標が達成期限となっている2015年以降の開発目標)に対応できる社会づくりにつながることを期待します。例えば、貧困、強靭性、気候変動に敏感な社会などです。

また、来年3月に「第3回国連防災世界会議」が仙台市で開催されます。阪神・淡路大震災や東日本大震災を経験した日本が自国の「人間の安全保障」とも言える防災・減災に取り組んできた姿勢は、日本が人間の安全保障基金を通して世界で人間の安全保障の確保に努めてきたことと共通し、その一環と言えるのではないでしょうか。世界会議の場で、この15年間、人間の安全保障基金の各プロジェクトから得られた教訓に基づいて日本の培ってきた知恵を世界に発信していただきたいと思います。

*「人間の安全保障」の概念
UNDP
1994年の『人間開発報告書』の中で初めて提唱した概念。2001年に国連が設立し、緒方貞子・元国連難民高等弁務官とアマルティア・セン・ノーベル賞経済学者が共同議長を務めた人間の安全保障委員会の報告書では、「人間の生にとってかけがえのない中枢部分を守り、すべての人の自由と可能性を実現すること」とした。具体的には、「恐怖からの自由(freedom from fear)」、「欠乏からの自由(freedom from want)」、「人間の尊厳(human dignity)」などが挙げられる。2012年に人間の安全保障に関する国連決議A/RES/66/290)が採択された。

近藤哲生・国連開発計画(UNDP)駐日代表略歴
1981
年に外務省に入省し、国連局社会協力課、国連・日本政府代表部などを経て、2001年にUNDP本部に出向し、総裁特別顧問などを務める。2005年に外務省を退職し、UNDPコソボ事務所常駐副代表、UNDPチャド事務所長などを経て、20141月より現職。

 

人間の安全保障基金を通じての国際協力はシリーズで紹介していきます。第2回目以降は各国での取り組み事例を紹介します。

(聞き手、まとめ:UNDP駐日代表事務所広報ユニット 安部由紀子)

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