通常の生活:ウクライナ東部で前に向かって

2015/09/23

Photo: UNDP Ukraine


ナイデノフさん一家はルハンスク州から出たくはありませんでした。アナトリーさんは地元の鉱業会社でマネージャーとして勤務し、給与も良く、家族も改築したばかりで、ベッド・ルーム3室がある広々としたアパートでの生活を気に入っていました。

しかし、そんな中、突然家を出なくてはならなくなった日のことを、今でも彼らは鮮明に覚えています。

それは、珍しく暑い7月の夕方で、ちょうど外が暗くなり始めた時のことでした。6歳の息子、アンドリー君が、外の異音と強い光に気づきバルコニーに出ました。その数秒後、真向かいにある叔父の家から叫び声が聞こえ、瞬く間に家は燃え上がり、瓦礫と化す光景を目の当たりにしたのです。

いつも元気で、好奇心旺盛にあれこれと質問をするようなアンドリー君が、何週間もの間、言葉を失いました。ショックから立ち直らせるため、家族はアンドリー君と一緒に、ボランティアの精神科医に1年以上通うことになりました。そしてやっと2週間前、他の7歳の子どもたちと、初めて校庭で遊ぶことができました。

アンドリー君の父親、アナトリーさんもまた、ここ最近不安に駆られています。先週、小さなパン屋の経営を始める為に助成金の申請をし、今その結果を待っているところなのです。

妻のマリーナさんは「私たちは常に金銭的には恵まれていましたが、今夫は息子2人にリュックサックさえ買ってあげることができず、とても落ち込んでいます。ここには仕事はほとんどありませんが、夫は運転手の仕事に就くことができ、わずかな給与で家族が細々と生活できていることにホッとしています。」と語りました。

今、一家はクリミアの粗末なベッド・ルーム2室のアパートで、他の2家族と共同生活をしています。着る服も、周囲の人から寄付してもらったものを着用しています。

悲しいことに、これは特別な事例ではありません

同様の話は、ウクライナ東部を出て行く何千もの人に起きています。200万人以上が、家も、仕事も、将来への希望も失っているのです。

国連開発計画(UNDP)は日本政府とパートナーシップを結び、ナイデノフさん一家のような家族が前を向き、新たな生活を始められるように、包括的なプログラムに取り組んでいます。

本共同プログラムは、ドンバスのかつての産業の中心地で紛争に巻き込まれた人々が直面する様々な問題への包括的アプローチです。本プログラムは揚水場、道路、橋、郵便局等と同様、学校、病院、幼稚園、養護施設、老人ホームの改修などを実施します。

ヤントーマス・ヒムストラUNDPウクライナ事務所長は「私たちは支援を必要とする全ての人を助けることを約束します。日本政府と協力して、ウクライナのパートナーが基礎インフラを立て直し、経済を再生し、和解と平和を促進できるよう努めます」と述べました。

こうした仕事は全て地元の建設会社によって行われ、雇用を生み、低迷した経済の建て直しに貢献しています。本プログラムも、現地企業、NGO、政府関係者と共同で、1500の雇用を生み出しています。その職種は、建設業の高い技術を必要としないものから、医師、大学教授、エンジニア等の専門的な職種まで多岐に渡ります。また、雇用創出に加え、再認定や起業家訓練の検討、アナトリーさんのような新興起業家に対しては助成金やビジネスコンサルテーションを提供しています。

角茂樹在ウクライナ日本国特命全権大使はドンバスを訪問し、「昨年11月の視察以降、国際支援の焦点が人道支援から、地域の中長期的な開発を見据えた復興に移行しており、嬉しく思います」と語りました。

経済的な苦境を越えて、紛争は何千もの人々の心に傷跡を残しました。UNDPは現地のNGOと共に、ルハンスク州やドネツク州に住む人々と同じく、国内避難民(IDPs)に対して心理的サポートや無償の法律相談を実施しています。プログラムは最も弱い立場にある人々を中心に最小でも2500人に裨益するようにしています。

アナトリーさん一家は、かつての状態に戻りたいだけなのです。「誰が正義で、誰が悪なのかは私たち家族にとって重要ではなく、ただ平和と通常の生活を取り戻したいだけなのです」と語っています。

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