海の生命たちに支えられて

2017/06/16

UNDP/ Shoko Noda


いつもの朝と変わらないぎゅうぎゅう詰めの地下鉄。目をつぶると、前日生まれて初めてのダイビングで見た海中の光景がよみがえってきた。伊豆半島の海は少し暗かったが、無数の大小の魚が泳ぎ、海藻が揺れ、今まで見たことのない世界が広がっていた。ここにいる通勤者の何人が壮大な水中の世界を見たことがあるのだろう。地球上で人間が暮らしている陸地は30%のみで、残りの70%は昨日見た海だという事実を体感し、改めて人間の存在の小ささに気付いた瞬間だった。当時、大学4年生だった私の体験だ。

その後、数年間は仕事や勉強が忙しく、ダイビングから遠ざかってしまった。1998年に国連に転職してからは、内陸の国や首都での勤務が続いた。タジキスタンの深い谷間を流れる河川、雪と氷に覆われた真っ白なモンゴルの草原、天まで届きそうなヒマラヤ山脈、アフガン・パキスタン国境の荒れ地などの内地の情景を見る中で、青い海、白い砂浜、常夏の気候を夢見るようになっていった。そんな中、2014年10月、私はモルディブに国連常駐調整官として着任することとなる。

国の99%を海が占めるモルディブ。太陽に輝く海を毎日見ていると、長く冬眠していた私のダイビング熱が目覚めた。ある朝、首都マレがまだはっきり見えるダイビングスポットで、私はタンクを背負い、マスクをつけて海に飛び込んだ。インストラクターが水面で親指を下げて潜る合図を出すと、私は真っ青な海に沈んでいった。海中の熱帯魚は太陽の光に反射して、まるで桜の花びらが風に舞い踊っているようだ。マンタ、ウミガメ、ナンヨウハギ、カクレクマノミは、まるで私たちダイバーが存在しないかのように、優雅に泳いでいる。20年ぶりに見た海中の世界は、初めてのダイビングで感動した海中の世界や、東京の地下鉄の中で感じたあの感覚を呼び起こさせた。

ダイビングを再び始めたお陰で、私は海の中の生命の貴重さをより身近に感じるようになった。同時に、モルディブの海洋生物はとても美しいが、将来までその美しさを残せるだろうかという不安を抱いている。昨春、モルディブではエル・ニーニョ現象で海温が平年以上に上昇し珊瑚白化現象が起こった。海中のサンゴは目が当てられないほどにまっ白になっていった。その何か月か後、以前からお気に入りのシュノーケリングのスポットに行く機会があった。以前はカラフルな魚やサンゴで飾られた場所だったが、サンゴは明らかに白化し、魚の数は減少したように感じられた。

増え続けるゴミも問題に拍車をかけている。ダイビング中にプラスチックバッグ、ロープ、発砲スチロールのかけらなど、海にたどり着いた、または、故意に捨てられたゴミが目に入ることがある。リゾートホテルから運び出されるゴミが、収集場所にたどり着く前に、海に投げ捨てられているという恐ろしい話を聞いたこともある。

島での日常において、海洋生態系は欠かせない生活の糧だ。その生活の糧が今、危険に晒されている。珊瑚の白化現象は魚の生息環境に悪影響を与え、人々の食料や収入にも影響を及ぼす。白化などで傷つけられた珊瑚や、海に浮かんでいるゴミはモルディブの観光価値の低下にもつながる。観光業の低下は、人々の暮らしや国の経済に影響を及ぼす。このような悪循環を断ち切るよう、海洋生態系の保護、並びにゴミ収集の徹底化などの環境保護を開発計画の中心にする必要がある。

私は環境や海洋生態系の保護に熱心に取り組む多くのモルディブ人に会う機会もある。昨年3月には、「セーブ・ザ・ビーチ」というモルディブのNGOの「海岸のゴミ監査」の活動に参加した。私たち10人足らずの参加者は首都マレの隣の島の海岸の一区画にあったすべてのゴミを拾い、分別し、種類別に計量し、結果を記録した。この監査は、公共向けの意識向上キャンペーンの結果をモニタリングする為に定期的に行われており、統計によるとゴミの量は毎年20%ほど減少しているという。これは明らかな改善結果である。また国レベルでは、組織的な廃棄物管理のシステム設立が始まろうとしている。

同じく昨年4月には、モルディブの手つかずの自然が残るとして知られるラーム環礁でウミガメフェスティバルに参加する機会に恵まれた。ウミガメはかわいい生き物という程度の知識しかなかった私だが、このフェスティバルを通じてウミガメが海岸の植生を保つために必要な栄養を海から海岸や砂丘に運んでいることを学んだ。モルディブ国内の小さな島々にとって海岸線の浸食は深刻な問題であるが、ウミガメなどの自然界のアクターが浸食を阻止すべく、重要な役割を担っているのである。

残念なことに、昔からモルディブではウミガメの肉、卵、殻などは嗜好品として好まれてきた。カメ一匹に与える危険ですら、環境に負の連鎖反応を引き起こさせかねないという認識のもと、現在モルディブではカメを捕獲することは禁止され、政府は多額の罰金制度を導入した。しかし、まだまだウミガメを守る為の意識向上が求められる。若いモルディブ人たちがソーシャルメディア等を駆使してこのような取り組みを先導しているのは、とても心強い。

海の恩恵があってはじめてモルディブ人の生活は成り立っている。モルディブの将来のためには、この美しく脆い海の生命をより持続的に管理し、気候変動への強靭な対応策を講じる必要がある。今月、ニューヨークにて開催された海洋の持続可能性の促進を活性化する重要な「国連海洋会議」を受け、持続可能な開発目標(SDG)の目標14「海の豊かさを守ろう」の実現に向けて、国連も、私個人自身もこれからも最大限の努力を続けようと思う。

野田章子 モルディブ国連常駐調整官・UNDP・UNFPA常駐代表