多様な避難訓練 1つの願い 〜インドネシア、アチェの津波避難訓練の現場から〜

2018/03/09

学校のいたるところに津波や地震などの避難経路のステッカーが貼ってある。

津波の避難訓練のさなか、一人の男子生徒がマイクを使って同じようなフレーズを繰り返している。先生が一生懸命生徒に指示を出している中、なぜあの男子生徒はずっとマイクで唱え続けているのか、私には不思議だった。

生徒が教室に避難するのを追って私も教室に入った。ここでも生徒達は、ときには肩を寄せ合い、ときには手を繋ぎながら同じフレーズを繰り返している。

この光景は私には奇妙に映った。日本では、避難訓練中は静かにしなければならないと教わる。指示が聞こえなくなるからだ。緊急時の情報伝達や避難指示の妨げになってしまうのではないか、そんな私の不安をよそに、生徒は詠唱を続けていた。

この津波の避難訓練は、インドネシア、アチェ州の州都バンダ・アチェにあるイスラム教の全寮制の学校「Dayah Terpadu Inshafuddin」にて行われた。この生徒達が訓練中に詠唱していたのはイスラム教の祈りの言葉だった。マイクを使って男子生徒が行なっていたのはAdzanと呼ばれるイスラム教における礼拝への呼びかけであり、教室で生徒達が行なっていたのは、Takbirと呼ばれる詠唱で、苦難や恐怖を感じる時に行われるお祈りである。避難訓練の実施チームの先生は、このお祈りは生徒を落ち着かせる心理的効果を持ち、恐ろしい津波を目の前にした時には特に重要な意味を持つ、と説明してくれた。このお祈りは、実際の避難計画に組み込まれている。

この文化的背景を知った時、私は自分がイスラム教に関して無知であることを恥じた。だが同時に、私は新しい世界に触れていることに非常に興奮を覚えた。どの国もみな、それぞれの文化、習慣に応じた独自の避難訓練を行っているのだ。

この津波避難訓練は国連開発計画(UNDP)の地域プロジェクト「アジア太平洋18カ国における学校津波防災強化プロジェクト」の一環で行われている。津波の避難訓練といっても決して一様ではなく、それぞれの国、地域の文脈で中身が大きく変わる。本ブログでは、もう少しインドネシアのイスラム教全寮制学校特有の事例について紹介したい。

インドネシアのイスラム教全寮制学校には2つのタイプのカリキュラムがある。イスラム教に関するカリキュラムはUstad (Ustadzah)と呼ばれる教師が担当し、数学や理科、社会など、教育省が定めるカリキュラムはPak guru (Bu guru)と呼ばれる教師が担当する。今回課題となったのはこの2つの教師グループ間の協業体制の構築だったという。この2つのグループ間では通常協業は行われないらしい。学校内での役割が明確に別れているためだ。

さらに、担任教師だけでは避難をリードできないという課題もあった。たとえ1つのクラスに男子生徒と女子生徒がいても、彼ら/彼女らは一緒には避難できないためだ。避難経路も、避難場所も区別する必要があった。

このような課題の克服に、生徒グループが重要な役割を果たした。男子生徒のリーダー、女子生徒のリーダーがそれぞれ任命され、それぞれ男子生徒、女子生徒の避難をリード、点呼の実施、それぞれ男性教師、女性教師への報告を行った。興味深いことに、この生徒グループのリードによって、本来協業関係になかった2つの教師グループが避難訓練を通じて協力するようになった。

ある先生は、津波の避難訓練を行うと、2004年のスマトラ沖地震の津波の記憶が蘇ると言っていた。それでも、皆口を揃えて「私たちは生徒を助けられる。あの時経験しているから。」と断言した。トラウマを乗り越えて生徒を助けようとする先生達の使命感に嬉しくなった。

今回の視察を通して見えてきたのは、避難訓練とは、ただ避難の方法を教えているだけではないということ。課題を発見し、学校防災を包括的に改善する機会を提供している。さらには学校全体が一体となるきっかけにさえなっている。

私は現在、アジア太平洋18カ国の津波被災リスクの高い学校を特定するデータベースの構築案件に携わっている。このデータベースはリスク情報を元にした学校の防災計画策定を支援するものだ。さらに、学校における防災対策状況のデータ収集、評価分析を支援するモバイルアプリケーション(STEP-A)を構築し、本データベースと統合する。

ただ、どんなに機能が充実していても、データベースはただの道具でしかない。生徒や学校関係者などのユーザーが積極的に利用して初めて、この「道具」が意味を持つ。今回の避難訓練を通して高まった意識、過去の経験や使命感から来る強い意志、熱意。避難訓練のあと、私は彼らがきっとデータベースを有効に活用してくれると確信し、私もその使命感を強め、バンコクに戻った。

津波の避難訓練はどれもユニークで、多様だ。それはそれぞれの訓練がその国、地域の文化や習慣を考慮して作られているから。しかし、そんな中でも共通していることが1つある。生徒が、先生が、そしてコミュニティの人々が津波から生き延びて欲しい、そのための手助けをしたいという願い。その願いは、たとえどんなに文化が異なっていても、みんなが抱いている。それを再認識できたインドネシアへの旅だった。

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榎本 翼(えのもと・つばさ)

UNDPバンコク地域事務所/UNV 防災プロジェクトオフィサー

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