薬剤耐性結核と闘う人々 ーインドネシアよりー

2019年4月18日

結核は他のどの感染症よりも多くの命を奪っています。一定の成果はみられるものの、世界では未だ毎日4500人以上が結核により亡くなっています。また、近年では今まで効果のあった薬が効かなくなる結核(薬剤耐性結核)が増加しており、結核の根絶に向けた努力に脅威を与えています。

インドネシアにおいて結核は4大死因のうちの一つで、毎年推定10万人もの命を奪っています。また、結核による疾病負荷(結核により失われた生命や生活の質の総合計)が世界で2番目に大きな国でもあり、近年では薬剤耐性結核が増えています。薬剤耐性結核は患者に多大な苦難をもたらすばかりでなく、医療関係者にとっても大きな問題となっています。持続可能な開発目標(SDGs)は、結核を含む伝染病を2030年までに根絶させることをターゲットの一つに掲げています(SDG3.3)。

結核は結核菌により引き起こされる伝染病で、主に肺を侵します。結核の発病は過密、劣悪で不衛生な居住環境により助長されます。

過密状態で劣悪な住居環境など、結核の温床となる住環境はインドネシアの各地で、とりわけ人口の増え続ける都市部にて多く見られます。東ジャカルタ市のドゥーレンサウイ地区もそのようなコミュニティの一つです。2016年には、わずか30万超の人口に対しおよそ1,000例に及ぶ結核が報告されました。

ジューナエディはこのコミュニティーの住人です。彼は “バジャイ”とよばれる3輪タクシーの運転手、夫、2人の子の父親、そして薬剤耐性結核患者です。2011年に初めて結核と診断され、通常の治療を開始しました。治療開始から1か月後、体調が大幅に改善したことを実感したものの、重い副作用と、一日も欠かすことなく病院へ通わなければならない不便さのため、薬を飲むのを止めてしまいました。数か月後に治療を再開した時には薬が効かなくなっており、後に薬剤耐性結核と診断されました。

パラサーハバタン病院内にある結核診療所はインドネシア最大で、毎日90人にのぼる患者を診察します。2009年以降、薬剤耐性結核の感染が疑われる13,000人超の患者を検査し、診断された1,700以上の症例を治療してきました。

ジューナエディは東ジャカルタ市の紹介病院であるパラサーハバタン病院内の結核診療所に毎日通っています。保健省が提供し、医療従事者の面前で薬を飲む直接服薬確認療法を受けるためです。結核菌を体内から完全に排除し、さらなる薬剤耐性の出現を防ぐためには服薬を毎日欠かさず続けることが不可欠です。

ジューナエディはパラサーハバタン病院の看護師より薬を受け取ります。中にはとても大きく飲み込むのに痛みを伴うような薬もあり、治療期間に渡される何百、何千もの薬を飲むことは容易ではありません。

ジューナエディは治療期間が9~11か月で、完治の可能性が高い新しい治療法を受けています。24か月に及び、痛みを伴う注射を毎日必要とする従来の薬剤耐性結核治療よりも期間が大幅に短縮され、より効果的になった治療法です。

しかしながら、従来の治療法よりも利点が多いとはいえ、新規治療法も依然として多くの困難が伴います。

「時々、薬を飲むために病院へ毎日通わなくてはならないことに疲れます」とジューナエディは話します。「たまに仕事の休みがとれた日くらい、家でゆっくり休みたい。でもそれはできません。毎日病院へ行かなければならないから。」

結核の治療は患者にとってしばしば耐えがたいものです。

「薬を飲むたびに、数時間吐き気と眠気が襲います。」ジューナエディは服薬後、副作用が治まるのを待つために約二時間病院で過ごさねばなりません。他にも、薬の副作用は鬱や精神状態の異常、腎機能障害を引き起こすことがあり、聴力を失うことさえあります。

毎日診療所へ通うことにより積み重なる経済的、精神的負担に加え、治療による副作用と時間的制約は薬剤耐性結核患者を疲弊させ、彼らの仕事や私生活に悪影響を及ぼします。このような状況が服薬の自己中断を引き起こし、薬剤耐性結核治療の成功率を下げ、悲惨な結果をもたらしている可能性は否めません。

ジューナエディはこうつぶやきました。「近所の人が結核で亡くなりました。そのとき結核の薬が山積みになっているのを見たんです。一度も飲まなかったんだと思います。」

妻子とともにジューナエディの自宅にて

ジューナエディは家族のために病気と闘い続けています。

「治療が始まって最初の二か月はベッドの上で過ごさなければなりませんでした。起き上がることが全くできなかったし、仕事にも行けなかった。そして日々の生活費を捻出するためにバイクを売らなければなりませんでした。そのとき、病気を完全に克服し、健康を取り戻したいと決意しました。妻はすでに身寄りがないし、僕の子供たちはまだ小さい。もし自分が死んだら誰が彼らの面倒を見るのだろうか、と考えたんです。」

結核は患者とその家族を経済的に追い詰めます。インドネシアではすべての公的医療機関で結核検査と治療薬を無料で受けられます。しかし最近の研究(※英語原文)によると、交通費、入院費用、栄養補助費などは患者の自己負担となり、治療期間中の収入損失とを合わせると結核患者一人当たり169米ドルの負担を強いられています。薬剤耐性結核患者においては、病気の深刻さと収入の損失が大きいため自己負担額はおよそ14倍の2,342米ドルにも達します。

パラサーハバタン病院で結核患者の診察をする医師

パラサーハバタン病院・薬剤耐性結核専門家チームメンバー、ディア・ハンダヤニ医師

薬剤耐性結核の効果的な診断と治療を妨げる障壁は多岐にわたり、社会的要因が関与しています。例えば、検査や治療拒否の要因となる結核に対する偏見や、心の病、貧困、失業などが挙げられます。これらの課題を効果的に対処するため、パラサーハバタン病院の医師たちは患者の健康状態と福祉の両方を向上させる包括的な取り組みを行っています。

呼吸器内科の専門医でありパラサーハバタン病院の薬剤耐性結核専門家の一員であるディア・ハンダヤニ医師は次のように語ります。「我々が診察する結核患者の間ではうつ病が蔓延しています。従って我々はただ患者の結核を治療するだけでなく、彼らの心のケア、そして栄養指導なども行ないます。また、結核患者の就業と収入向上を支援している市民団体とも協力しています。」

ジューナエディが経験したように、薬剤耐性結核の発症は結核治療の中断が発端となることがあります。

14歳の少女プトゥリ*は2017年11月に初めて結核と診断され、後に薬剤耐性結核を発症しました。

プスカスマス・チーラチャスヘルスセンターの医師は次のように語ります。「当初彼女は通常の結核治療を受けていました。しかし彼女は耐えがたいほどの副作用に苦しみ、治療を続けることが出来ませんでした。治療中断から2か月後、ヘルスワーカーが彼女の自宅を訪ね再度喀痰検査を受けるよう勧めました。彼女はさらなる検査のためにパラサーハバタン病院に紹介され、そこで薬剤耐性結核を患っていると診断されました。彼女は今、薬剤耐性結核の治療薬を服用するため、ここに毎日通院しています。」

市民団体パジュワン・タングウ(PETA) のピアエデュケーター、ダーマンと話すプトゥリ (グレー色のTシャツ)

現在プトゥリは9年生です(日本の中学3年生に相当)。病気により授業を欠席せざるを得ないこともあり、そんなときは授業の遅れを取り戻さなければなりません。時間のあるときは友人と過ごしています。「友だちと遊んだときやバクソー(インドネシアのミートボール)を食べたときなどはいつもソーシャルメディアに最新情報をアップしていますよ」と彼女の主治医は言います。

パジュワン・タングウ(PETA) は薬剤耐性結核を克服した人々と闘病中の患者とを繋ぎ、教育的・精神的サポートを行う市民団体です。プトゥリは同団体からの支援を受けながら治療を継続しています。


パラサーハバタン病院の微生物研究所。顕微鏡検査により結核を診断するための喀痰の塗抹標本。

インドネシアの国家結核対策プログラムは、薬剤耐性結核の危機に対し大きな成果を挙げています。2017年には、国内全34州に360の薬剤耐性結核治療施設と2,300の中継拠点を設置しました。同プログラムは2009年より143,000件以上の結核検査を行い12,372人に対し薬剤耐性結核の治療を行ってきました。2017年に導入された新薬ベダキリンの適用により治療期間が短縮され、より効果的な治療を受けた患者も約2,000人にのぼります。

しかしながら、残された課題は多くあります。2017年、確認された5,121件の薬剤耐性結核患者のうち、治療に至ったのは半分以下でした。薬剤耐性結核に関連する様々な社会・経済的障壁がこのような隔たりを生んでいると考えらます。

インドネシア保健省は、診断と治療の隔たりを埋めるべく多大な努力と資源を投入してきました。例えば国内の結核・薬剤耐性結核への対応力を強化するために、国連開発計画(UNDP)や世界保健機関(WHO)など様々なパートナーと戦略的協力関係を築いています。

国連開発計画(UNDP)は2007年よりインドネシア保健省の国家結核対策プログラムを支えてきました。近年は同省の財政管理システムの強化を図るための支援を行い、それにより世界エイズ・結核・マラリア対策基金から1.02億米ドルの資金援助(2018-2020年)獲得にも貢献しました。

また、日本政府の拠出金のもと世界保健機関(WHO)、熱帯医学特別研究訓練プログラム(TDR)、非営利団体PATHとのコラボレーションにより国連開発計画(UNDP)が実施する「アクセスと提供に関するパートナーシップAccess and Delivery Partnership (ADP)」は、インドネシア保健省とともに、結核やマラリア、顧みられない熱帯病などのための新しい医薬品、ワクチン、診断キット等を効果的に導入するための政策・戦略策定や行政能力強化に貢献しています。

2015年4月28–29日インドネシア・ボゴールにてADPが開催した「医薬品の安全性監視に関するワークショップ」の参加者たち(左)。 国家食品医薬品規制局(BPOM)の医薬品監視・リスク分析部門長、シッティ・アブドゥラ博士(右)。2016年1月27日タイ・バンコクにて開催されたマヒドン皇太子賞会議(PMAC)のサイドミーティングにて。

ADPはインドネシアでの新薬の安全性向上に貢献しています。一例として2014‐2016年、治療期間の短縮された薬剤耐性結核の新しい治療法において使用される新薬ベダキリンの副作用を適切に検知・管理するため、ADPは国の結核対策プログラム、国家食品医薬品規制局(BPOM)と公立病院の能力強化を支援しました。支援の一環として、およそ200名の医療従事者と薬剤師が医薬品の安全性モニタリングなど関連する分野でのトレーニングを受けました。

またADPは、国の結核対策を強固にするために保健省とともに様々なシステム・能力強化に取り組んできました。例えば、高品質で安価な薬品の選択と購入に関する能力向上や、国家結核対策プログラムを実施する上での課題に対処するための保健システムの研究を支援してきました。

国連開発計画(UNDP)は保健省や他の関係機関と協力しながら、より多くの人々が負担可能な費用で質の高い治療が受けられるよう、政策の策定と実施を積極的に支援しています。その結果、ジューナエディやプトゥリのような人々とその家族が結核を克服し、健康で豊かな生活が送れる社会の実現を目指しています。

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*プライバシー保護のため名前を変えています。


執筆:インドネシア保健省、国連開発計画(UNDP):ムフリス・ハニフ・ヌルディン、ヒマニ・バットナガル、 イアン・ムンガール、レス・オン
写真:ファウザン・イジャザ