Photo: UNDP Tokyo/Hideyuki Mohri
 
(聞き手) 近藤さんは、これまでウガンダやタンザニアなど、アフリカの現場に赴任されていますが、どのような業務に携わっていたのでしょうか。
 

2006年から2年間、青年海外協力隊の村落開発普及員としてウガンダに赴任し、初めてアフリカに足を踏み入れました。ウガンダでの2年間は、自分の人生を考えるとても良い機会になりました。村の人たちは困難な状況でもいつも明るく、私が困っているときにはすぐ手を差し伸べてくれました。アフリカの人たちの温かさを肌で感じ、アフリカの開発にずっと携わっていたいと思うようになりました。

はじめに、首都カンパラから西に40kmほど離れたムピジ県庁に派遣され、現地職員に混ざって村民の生活改善や開発支援に携わりました。着任して数カ月、バイクで集落を回り、村の課題や可能性を調査しました。はじめてみた村の姿は衝撃的で、今でも鮮明に覚えています。多くの村民は、ポリッジ(小麦粉を水で溶いたもの)を一日一食しか食べることができていませんでしたし、小規模の農地で雨水に頼る農業をしていたため、収入は不安定で、子どもたちは学校に通っていませんでした。「自分にも何か貢献できることがあるはず」と思いアフリカに向かいましたが、衝撃的な状況を目の前にして、いったい自分に何ができるのだろうと、とても悩むようになりました。こういった状況に対してその後は、日本のODAによるJICAの農業プロジェクトと協力し、換金作物である米の栽培方法を教えた他、家畜の飼育や菓子づくり、クラフト作りなどを通して女性のエンパワーメントを行うなど、村民の生活安定化に取り組みました。

2年間の任務を終えた後、首都カンパラに移り、青年海外協力隊のプログラムオフィサーとして、TICADプロセスやフォローアップの枠組みの中に現地の市民社会をいかに参加させるか、関係者を調整する役割を半年間果たしました。TICAD IVに市民社会の参画が必要だったことから、日本の市民社会のサポートによって立ち上がったウガンダの市民社会ネットワークが軌道に乗るのを支援し、現地NGOの意見をまとめ、TICADの議論プロセスに貢献するのをサポートしました。また、ウガンダで展開していた日本のODAの評価段階に、支援を受ける現地の人々の声を反映させるため、ウガンダから日本政府やJICAに現場の声を伝える役割を担いました。

それから大学院進学等を経て、2012年にふたたびJICAのプログラム業務調整員としてタンザニアに赴任し、税務に関する技術移転プロジェクトで調整役を担いました。タンザニアの税務大学のカリキュラム編成や教員の能力強化に対して、日本の人材が提供できる資源と現地の税務大学が抱える課題の調整をしていました。税務大学では唯一の日本人として常駐し、プロジェクトの長期的な戦略にも携わりました。

 

2009年、ウガンダでプログラムオフィサーとして勤務したNGOの同僚と

 

ー 現在はUNDP駐日代表事務所でTICAD連携専門官として業務にあたっていますが、どのようにアフリカに関わっているのでしょうか。
 

UNDPのアフリカ局や駐日代表事務所、外務省など政府機関、他共催機関、そして市民社会ネットワークや民間セクターといった幅広い関係者との連携を円滑に進めるという業務になります。TICAD7ではアドボカシーがとても重要で、広く多くの日本の方にTICADやアフリカ開発について正しい情報を伝え、アフリカやTICADに関心を持つ人たちを増やす必要があります。さらに、そういう人たちの考えに耳を傾け、多様なステークホルダーの意見を集約しTICADプロセスの有効な活用・促進に貢献しうるUNDPの活動を企画実施しています。UNDPとしてアフリカ開発を促進するため、日本の関係機関とのパートナーシップを構築、強化し、連携して活動を進めていくという役割を担っています。

 

ー アフリカ開発において、TICADの果たす役割はどこにあるのでしょうか。
 

1990年代、東西冷戦の終焉に伴い開発援助の戦略的な意義が低下し、アフリカ援助が抑制に向かう中、アフリカは依然として食糧危機や紛争による人々の苦難、保健・教育面の課題を抱えていました。最初のTICADが開かれたのは冷戦終結直後の1993年であり、アフリカ開発を継続しなければならないというメッセージを強く打ち出したと言えます。実際、日本がリーダーシップをとってアフリカ開発のプラットフォームを作ったことで、日本に追随するようにEU、中国、トルコなどがアフリカ開発に関する会議を開催するようになりました。TICADはアフリカをテーマにした国際会議としては最大のものの1つで、全ての人に開かれ(オープン)包摂的(インクルーシブ)という特徴があります。開催国とアフリカ各国の国家間連携だけでなく、国際機関や民間企業、市民社会も共に、国家間の議論にとどまらない多様な議論を展開しています。TICADは、アフリカ開発に必要な幅広いステークホルダーを巻き込みながら、様々なパートナーシップを促進する土台を作ることに貢献していると言えます。

 

ー TICAD7では、「経済構造転換とビジネス環境・制度改善」が議論案の1つとなっています。なぜ、今のアフリカ開発で、ビジネスに着目するのでしょうか。
 

まず一つは、TICAD7の重要な議論の1つであるにある「経済構造の転換」のために民間の力が必要だということ。二つ目は、「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けて、民間企業やビジネスの力が不可欠だということです。

2013年のTICAD Vの頃から、アフリカ側から「援助よりも投資を」という声が強くなっています。例えばTICAD Vで立ち上がったアフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)では、アフリカの学生の修士号取得やインターンシップ参加をサポートすることで、日本企業のアフリカ進出の際の架け橋となる人材を育成しています。UNDPの戦略計画 2018-2021で言及されているように、アフリカの課題解決やSDGsの達成にはビジネス・民間のサポートが不可欠です。現在、アフリカでは人口が急激に増加しており、特に若者が増える中で、仕事に就けない人も増えています。人口増加を糧にアフリカがさらに発展するためには、そうした若者が手に職をつけることが必要不可欠です。民間企業が進出することで、雇用創出や技術発展につながり、アフリカ・民間企業の双方に利益をもたらすことができます。農業など第一次産業に依存するこれまでの経済構造から転換しなければならない段階になってきています。

 
ー UNDPは、TICAD7の共催者として、どのような役割を担っているのでしょうか。
 

国際機関として、日本側・アフリカ側の意見を踏まえた中立的な助言を行うことができます。TICADでは、3年に一回開催されるサミットの前に、共催者会議・高級実務者会合・閣僚会合と、共同宣言の決定に向けて長いプロセスがあります。このプロセスの各段階で議論や成果文書作成を円滑に前進させるために、UNDPは舞台上でも舞台裏でも重要な調整役を担っています。また、UNDPは様々な国際機関の中において、特に包括的に開発を担当していますし、アフリカでも非常に多くのプロジェクトを展開しています。よってアフリカ開発の潮流やTICADで期待されることに対して、有効な知見を提供することができるのです。

UNDPは、TICAD7の会期中、本会議に並行して、4つのサイドイベントを主催します。UNDP・JICA・JETROの三者連携を発表し、その一環でスタートアップ企業によるピッチ・イベントを行い、急速にイノベーションが進むアフリカと日本の中小企業の連携を促すほか、経済同友会との連携発表も予定しており、TICAD7以後も継続的にアフリカにおけるビジネス機会を日本企業に把握してもらい、アフリカに進出する足掛かりを提供できればと思っています。

2007年日本の小学校と連携し、ウガンダの小学校へ教科書寄贈
 
ー アフリカの現場での経験は、現在の職務とどのように結びついていますか。
 

ウガンダで現地の人と過ごした2年をきっかけに、自分にできることは小さくても、絶対に国際協力業界での仕事を自分のライフワークにしようと思うようになりました。これは自分の私生活が変化したとしても、最後までぶれないと思っています。国際協力業界では一つの場所にとどまることは少ないですし、結婚や出産・子育てといった家庭の状況によって、現場での生活から離れる必要があることもあります。東京でTICADに関る仕事をし、アフリカに携わっていることは非常に幸せに感じていますが、また是非アフリカの現場に戻って働きたいと考えています。

今のアフリカは、12年前や6年前に私が見た姿から飛躍的に発展しています。12年前のウガンダではインターネットが使えず、一週間に一度、首都にあるインターネットカフェに行って日本の家族や友人と連絡を取っていました。かつては農業主体の経済構造でしたが、今では情報通信技術の発展により、農村にもモバイル端末が普及し、人々が開かれた情報にアクセスできるようになったことで、起業を考える人も増えています。

日本でTICADに関わらせていただく中で、日本の企業や団体にとっても、アフリカとのビジネスパートナーシップは可能性に溢れていると感じています。アフリカ現地の社会課題に寄り添い、SDGs達成に寄与するビジネスが展開され、雇用創出や技術発展を通してアフリカの発展につながってほしいと切に願っています。「アフリカは行ったことがないから、よくわからない」と感じている日本の人たちもいると思いますが、TICAD担当として最新のアフリカ情報を正しく発信し、「アフリカは希望の大陸である」ということを日本の人たちに伝える橋渡し役を担いたいと思っています。そしてこれからも、国際協力に関わり続け、自分が置かれた環境でできる最大限の国際協力に携わることを目標に勤めたいと思っています。

 

ー 最後に、これから国際協力分野を目指す人たちにメッセージをお願いします。

何が自分のテーマ・関心になるのか、自分のミッション・ライフワークは何なのかを見出してほしいです。2015年に採択されたSDGsの目標は関心を見出す一つの指針となるかもしれません。17のゴールから紐解いて、家族や自分の住む地域・国、さらに世界の抱える課題で関心のあることは何か、そして自分のしたいこと、できることを考えてほしいです。こうしたことをヒントに、自分が何をして人生を歩んでいきたいかということを、ぜひ真剣に考え続けていってほしいと思います。

 

聞き手:鈴木啓太、柴山すず、DESTY NSENGIYUMVA(UNDP駐日代表事務所インターン)

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