イラン・ザンジャン地方における女性起業家支援事業を視察する筆者(左端)。2014年9月。

 

近年、日本でも母子世帯の貧困、女性の貧困が課題になっていますが、それらは開発途上国においても共通課題でもあります。昨年、国際社会が合意した2030年までに貧困の根絶等17の目標を掲げる「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成には、女性支援を念頭に置いた税制改革や社会保障改革などマクロ経済政策が効果的であるはずです。しかしジェンダー主流化(さまざまな機会を男女均等にあたえるための手段)は教育や保健衛生など社会政策の一環として捉えられていても、経済政策との関係はあまり重視されてきませんでした。なぜでしょうか。

女性の貧困の原因は、実は経済指標に表れないところにあります。子育て、介護、看護、家事などの無償労働の負担です。例えば、家庭内での育児は家庭や社会の発展に重要ですが無償労働で国民総生産(GDP)には反映されません。保育サービスを受けるとGDPに換算され、保育士だけでなく母親である女性も有償労働に従事でき、雇用、消費に伴う経済成長への貢献も期待されます。この課題は昨年12月に発表した人間開発報告書2015「人間開発のための仕事」でも問題提起、議論されました。

女性は家庭に従事するものという社会通念が、子育て、医療、介護など社会的インフラを女性の負担となる無償労働にすることで、公共投資は道路や空港など物理的インフラの二の次とされてきました。結果、女性の社会進出は妨げられるか、女性の非正規雇用、男女間の賃金の格差などにつながりました。

日本政府が2013年に発表した新たな成長戦略として、子育て支援、介護も含む社会保障の充実を挙げたことは、国民皆保険制度(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)に加えて、開発途上国への良い模範です。高齢化に伴う労働人口比率の減少は中国やタイなど、東アジア、東南アジアでも顕著になっています。包括的にケア産業とよばれる分野への投資が人間開発への投資でもあり経済成長戦略であるというのは、まさに国連開発計画(UNDP)が目指すもので、各国の政策に反映されるよう政府職員の能力強化の支援もしています。これはSDGsの達成にも貢献します。

私がアジア太平洋地域事務所に勤務するきっかけとなったのは、貿易政策の分析でした。2005年に世界貿易機関(WTO)の繊維協定が撤廃され、貿易自由化がアジアの開発途上国に与える影響が懸念されました。自由化の影響が雇用の増減なのか賃金の増減なのか、あるいは労働時間の延長による健康への負担増なのかなど、人間開発の視点で調査分析し開発途上国の政策提言に反映するという地域事業に携りました。

縫製工場に勤務するのは女性が多いですが、インドやパキスタンでは工場に勤務するのは男性、機織りや手芸品およびアパレルの下請けの家内工業に従事するのは女性という性別役割分業もありました。繊維・アパレル業界内でも、国によって、サプライチェーンによって、製品によって、貿易自由化の影響は男女で異なり、被害を最小限に抑える対策もジェンダーの視点が重要という議論に貢献できたのではないかと思います。

UNDPに勤務する前に日本でNPO法人の職員として家庭内暴力の調査や男女共同参画推進に携わった経験から、今でも調査研究、政策提言の基本は当事者との対話にあります。10年前の2006年、バングラデシュの首都ダッカの縫製工場に勤める女性達に話を伺う機会がありました。教育を受けていない女性や、14、15歳の子もいましたが、彼女たちの視点で勤務する工場の改善点、生産性を上げる工夫を挙げてもらうと素晴らしいアイデアが次々と提案されました。

“封建社会” のせいか、工場経営者の男性らは従業員と、特に女性とは対話をするという習慣がありませんでした。日本のカイゼン*の手法があれば、生産性も向上し、彼女たちの労働環境も良くなるのでは、と思ったことを覚えています。

現在、携わっている南アジアにおける女性の起業家支援事業においても同様ですが、私たちの仕事の一つは政策会議などに招待されない人々の声を拾い届け、政策や開発事業計画に反映させるお手伝いでもあると思います。

経済政策は私たちの生活に広く関わってきているため、ジェンダー主流化がまだまだ行き届いていない分野もたくさんあります。例えば、金融政策、経済・金融危機対策、ジェンダー予算など。緑の気候基金の配分もジェンダー平等に大きな影響を与えます。現在の貿易自由化交渉は農業、サービス業、知的財産権など多岐に渡るため、生産者、消費者という双方の立場からジェンダーの視点で影響を分析することもSDGsの達成に重要ですが、開発途上国への能力強化なども多岐に渡る必要があります。今後も、常に社会的弱者の、特に女性の視点で開発途上国の政策や事業開発を支援していければと思います。

カイゼン
「改善」のこと。カイゼンは、おもに製造業の生産現場で行われている作業の見直し活動のことを指す。作業効率の向上や安全性の確保などに関して、経営陣から指示されるのではなく、現場の作業者が中心となって知恵を出し合い、ボトムアップで問題解決をはかっていく点が特徴。この概念は海外にも「kaizen」という名前で広く普及し、とくにトヨタ自動車のカイゼンは有名。JICAは技術協力により、エチオピアをはじめ、エジプト、ブラジル、カンボジア等の国々でカイゼンによる企業の生産性向上を支援している。開発現場でも近年、「カイゼン」の概念が紹介され、導入されている。


山本由美子
アジア太平洋地域事務所(タイ)政策スペシャリスト

外為ディーラー、NPO法人研究員、大学講師などを経て2005年6月から2010年5月までUNDPアジア太平洋地域事務所(スリランカ)に勤務。2010年6月より現職。米国ユタ大学大学院経済学部博士課程単位取得退学。

本記事は2016年4月28日に掲載されたものを、2021年6月1日に再投稿しました。

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