「ここは日本とは違うから、よくならないものはしょうがない」

この台詞は、かつての赴任地で同僚に言われた言葉です。よく考えてみたら、今まで訪れた他の国でも同じようなことを何度も言われていたかもしれませんが、その度に「まあ、そんなものかな」と思ってやり過ごしてきたのだと思います。でも、もし今、冒頭の台詞を言われたら、私はこう言いたいです。

『どうしたら良くなるか、それを工夫していくよりしょうがないじゃないか。良くなるとか、ならないというよりも、良くするほかに途(みち)がないことを認識した方がいい』

これは、故白洲次郎氏の言葉です。私はこの言葉が好きでよく自分で自分に言ったりします。しかし、この言葉が果たして相手に伝わるかどうか。状況や相手、そして私の言い方にもよりますが、恐らく、答えはノーだと思います。

海外や国連機関などで働く難しさの一つはここにあるのではないかと思います。人間は違った場所、環境で育んできた生活、教えられてきた考え方があり、挨拶や笑顔に至るまで、長い年月をかけて培ってきた一人ひとりの生き方があります。

その生き方の前では、私が当たり前だと思っていたものが相手にとってそうではなく、故人の言葉や私のありったけを投げかけたとしても、さらりと流されたり、簡単に吹き飛ばされたりします。

タジキスタンの防災支援強化事業

私は今、国連開発計画(UNDP)タジキスタン事務所で日本政府派遣のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)と  して防災支援強化事業に取り組んでいます。

この防災支援強化事業は、タジキスタンにおける災害危険性を減らすための調査・インフラ設備、地方政府も巻き込んだ防災計画の作成、災害救助隊の設備強化、そして隣国アフガニスタンとの2国間における災害時の救助体制の構築などを盛り込んでいます。

タジキスタンは内陸国なので津波などの災害はありません。しかし、他の中央アジアの国々と比べて上流に位置し、毎年3月から4月になると降雨量が上がり、洪水や地滑りの被害が大きくなります。1997年から 2014年の統計によると、自然災害で1205人が亡くなり、経済損失は5億ドルに上ります。

防災に関しても、前述の「生き方の違い」が反映されます。日本では阪神・淡路大震災、東日本大震災や毎年来る台風などの経験から防災の意識が根付いています。他方、タジキスタンでは防災に対する意識は日本ほど高いとは言えない状況です。

国としての意識の違いは、そのまま個人の意識の違いにもつながります。防災という分野においては「まだ起きていない災害を予め起きたと仮定して物事を考える」ことが多いため、仮定する災害の種類や規模・対応なども、個人の意識や過去の経験が基になります。

この防災事業の方向性を決めるためには幾度となく会議が繰り返されます。事業に携わるスタッフの間の認識の違いを埋めたり、縮めたりするために、私は 今まで見てきたものや感じたものを呼び起こし、脳内である程度再現しつつ、自分の中で最適だと思う言葉を選びながら、決して上手ではないボディランゲージを持って私なりに伝えます。

時に上手くいきますが、上手くいかないことも多く、自分の意見が吹き飛ばされたあとは散らかった心の欠片を拾って再構築を試みます。面倒くさくなって放置することもよくあります。

これを何度も繰り返し、認識の違いを乗り越えながら合意出来たことが、少しずつ積み重なって事業が前進していきます。この合意出来たこと、出来なかったことの舞台裏には、多くの言葉と文書のやり取りがあり、それを構成する一つひとつの発言には、その人の気持ちが込められています。

ただ、その気持ちはすべてが清廉潔白なものではなく、私が発言するものも含めて個人的な感情や思惑、誇張された情報・解釈などが含まれます。その絡まった情報を紐解いて事実を抜き出しながら議論を形成していきます。

そうやって動き出す事業のベクトルを自分が正しいと信じる方角に舵をとって、この事業に関わる多くの人たちと同じ方角に向かって一緒に航海するのが、今の私の役割です。この舵の方向が正しいかどうかは、その時は誰にもわからず、後になってみないとわからないこともよくあります。でも、誰も正しいかどうかがわからないこそ、自分で考えて発信することの大切さを日々感じています。

平和学と国連機関で働くこと

私は、2009年に英国の大学院で  平和学を勉強しました。当時の私は「笑顔で握手すれば人間みんな分かり合えて何事も解決する」という、今思うとある種、お花畑的な平和観を持っていました。

それからだいぶ時間が経ちました。様々な国でいろいろな方達と働いてみて、現実は思っていたよりずっと難しく、ずっと複雑でした。良いのか悪いのか分かりませんが、いつの間にかお花畑的な平和観はだいぶ萎みました。

時間が経って、私なりに分かったことがあります。それは、 「人間は一つの方向を向いて集団で生活しているように見えて、よくよく掘り下げてみると、一人ひとりやりたいこととやりたくないこと、他人に期待することと期待してないこと、叶えたい夢と叶ってほしくない夢など、たくさんの思いが日々渦巻いている」ということです。

そして、それは程度の差こそあれ、どの国やどの環境にも同じようなことが言えると思います。

海外だから、国連機関だからは関係なく、どこの国でもどこの組織でも、家族でも友人の間でも一人ひとりの純粋さや邪な思いがぶつかり、くっついたり、削られたりしながら、ちょっとずつ世の中の様々なことが形づくられていくのだと感じています。

私は、大学生の終わりの頃に初めて国連機関で働くことを考え始めました。今考えるとその動機はあまり人に偉そうに言えるものではありませんでした。ただ自分の挑戦したいことや行く末について考えさせられて、それを色んな人に話しました。そして、その人達から応援してもらったり、さらに他の人を紹介してもらって、アドバイスや刺激をもらいました。そうやって、巡り巡って現在ここにいます。

『過去が現在に影響を与えるように、 未来も現在に影響を与える』

と言うのは、ドイツの哲学者ニーチェの言葉ですが、今思うとその通りになりました。そして、それはこれからもそうなのだろうと思います。このエッセイを読んでくださっている方も色んな思いやきっかけがあって(無いかもしれませんが)、このページを見てくださったことと思います。

私が考えていることを出来るだけそのまま書いたので、良い影響になったのかはわかりません。ただ、この文章が未来に思いを馳せるきっかけになったとしたら、ニーチェの言葉のように、その人の現在にも影響してくるのだろうと思います。


田邉宙大(たなべ・みちひろ)
国連開発計画(UNDP)タジキスタン事務所、プログラムアナリスト
 
2005年に青山学院大学経営学部を卒業後、民間企業に勤務する。2008年にブラッドフォード大学にて、平和学修士号を取得。その後、NGO職員としてマラウイの貧困削減、パキスタンの水害支援、ラオスの農業開発支援、南スーダンの帰還民支援などの事業に携わる。その後、UNDP東ティモール事務所において災害危機管理及び平和構築事業に従事する。2015年7月より内閣府国際平和協力本部事務局に勤務した後、2016年5月からJPOとして現職。

本記事は2017年6月15日に掲載されたものを、2021年6月1日に再投稿しました。

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