日本の防災力、世界へ!

第48回UNDP邦人職員リレー・エッセイ「開発現場から」備瀬千尋 国連開発計画(UNDP)バンコク地域事務所・防災チーム プログラム・アナリスト

2020年12月21日

 

フィリピン (Eastern Samar) 。大規模な津波避難訓練に約160校から72,000人が参加した。学校から約500メートル以上離れた山頂を目指す。16 October 2019 | Photo: UNDP/Chihiro Bise

 

日本には「転ばぬ先の杖」や「備えあれば憂いなし」ということわざがあるように、世界的に見ても「備える」能力に長けていると言われています。防災分野においても、日本は防災先進国として、防災・減災に1ドルを投資するごとに、災害時に生じる経済損失を7ドル回避できると提唱し、大規模な災害から学んだ教訓を世界中に発信するなど、世界の防災能力強化に貢献しています。

私は現在、国連開発計画(UNDP)バンコク地域事務所・防災チームに所属し、日本政府が支援する津波対策プロジェクトを担当しています。アジア・太平洋の23か国で、津波リスクの高い地域に位置する学校の生徒を津波から守るため、津波リスクの分析、避難計画の策定、津波防災教育、緊急対応訓練、避難訓練を通し支援を行っています。日本では、地震や津波が起きた時に何をすべきか、防災教育を通して学んでいますが、世界には津波という言葉自体を知らない子どもたちがたくさんいるのが現状です。また、私が小学生だった頃は「お・か・し」に従い、押さない、駆けない、喋らない、を実践してきましたが、最近では「お・か・し・も・ち」として「戻らない」「近づかない」が加えられているように、防災の知識は定期的に更新される必要があります。今後は、万が一の時だけ役立つ「いざ防災」ではなく、常に実践する「いつも防災」として、防災の知識、知恵を身体に覚えさえる重要性を、本取り組みを通して発信していきます。

 

#Prepare to Win(備えあれば憂いなし)が合言葉。津波避難訓練を経験した生徒たちが地域安全の一翼を担う大事な人材となる。Photo:UNDP Vietnam

 

アジア・太平洋地域は地震や台風などの自然現象が他地域よりも多く発生します。特に津波に関しては、過去50年間で起きた津波の76%が太平洋とその縁海で起きています。このような自然現象が起きた際に、そこに住む人々が自然現象に対応できず、被害を受けてしまうとき、それは自然災害となります。自然現象が起きた時深刻な被害にあう可能性が4倍高いと言われているのは社会的に脆弱な人たちです。災害が起こった時、全員の安全を確保できるよう、私が担当するプロジェクトでは「誰一人取り残さない」の理念を具体的な行動計画に反映させる努力を行っています。

例えばタイでは、タイ身体障がい者協会の教育・雇用アドバイザーを避難訓練の計画段階から起用し、年齢、身体的な特徴、障がいの有無に関わらず、全ての人がアクセスでき、理解でき、利用できる環境を作り出しました。情報の拡散方法や交通アクセスの改善に加え、実際に避難経路が車いす利用可能かどうかを確認する作業が避難訓練中に行われ、現在でも毎年評価と見直しが行われています。2017年のプロジェクト開始以来、300以上の学校より、15万人以上の学生・教員・学校関係者が訓練に参加し、津波やその他の自然現象に備える力の向上を確実にしています。今後も、この努力が世代を超えて継続されるよう、制度化にも取り組んでいます。例えば、パラオ、パプアニューギニア、インドネシアなどは毎年11月5日の「世界津波の日」に全ての学校が避難訓練を実施することを決め、学校のカリキュラムにも津波防災教育を導入しました。

 

研修を受けた教員たちが生徒を指導していく。16 October 2019 | Photo: UNDP Philippines

 

 

フィリピン (Eastern Samar) 。低学年の生徒には初めての避難訓練、表情は真剣そのもの。16 October 2019 | Photo: UNDP Philippines

 

 

 

フィリピン (Eastern Samar) 。ドローンで上空から撮影した避難訓練の様子。しっかりと整列して避難する様子が見て取れる。16 October 2019 | Photo: UNDP Philippines

 

 

フィリピン (Eastern Samar) 。大規模な津波避難訓練に約160校から72,000人が参加した。学校から約500メートル以上離れた山頂を目指す。16 October 2019 | Photo: UNDP / Chihiro Bise

 

 

UNDPにおける仕事の魅力

魅力、やりがいはUNDPならではの解決策(シグネチャー・ソリューション)に関連しています。パンデミックの影響もあり、開発課題はますます複雑化してきました。持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも、多次元で複雑な取り組みが要求されています。UNDPは6つのシグネチャー・ソリューションという分野横断的な開発アプローチを解決策として実施しています。例えば、私が担当している防災案件でも、強靭な社会構築のためのアプローチをはじめ、ジェンダーの要素も多く取り込んでいます。地域事務所内の連携が非常に良いため、チームワークはもちろんのこと、防災分野を超えた各分野の専門家(同僚たち)と一緒に仕事ができるのは、JPOとして良い刺激にもなり勉強になっています。また、インタグレーター(integrator)として、各分野から出された様々なアイデアを総括しながら形にしていく充実感に、仕事をしていて純粋に楽しいと感じます。

シグネチャー・ソリューションで重要となる、国連システム内外のパートナーの連携ですが、私はこれまで、国連防災機関(UNDRR)、JICA、日本企業や釜石市など様々なパートナーシップの構築を進めてきました。お互いの強みを持ちより、効果の高い解決策を生み出し、その開発効果をできるだけ長く持続するためです。UNDPはこれまで50年以上に渡り、170の国と地域で取り組んできた実績と経験があります。私のように地域事務所にいても、裨益者の笑顔を見ることができ、現地の成果を肌で感じられるのは、UNDPが長年に渡り各国で築き上げてきた各国との関係性であったり、ネットワークの広さがあってのものだと感じています。大切なのは「人」である、という人間を第一に考える(people centered approach )への認識が浸透しているのだと思います。これも働いて気づいたUNDPの魅力の一つです。

 

フィリピン (Eastern Samar) 。大規模な避難訓練後の集合写真。筆者はソーシャルメディアで避難訓練の様子をライブ発信。16 October 2019 (筆者は前列右から3番目)

 

UNDPを志望される方へ(活かせる能力や経験)

私が日頃から意識をしているのは、論理的に考え話すことです。多くの先輩方が同じアドバイスをするかと思いますが、英語が流暢イコール「コミュニケーション力が高い」ではありません。国連にいて改めて感じるのは、英語がネイティブでない人でも誰に何を伝えたいのかを意識しながら話している人には説得力があります。逆に、ネイティブの人でも伝える力がないと感じる人がいます。これは日頃から意識することで改善できる能力ですので特記しておきます。

また頻繁に耳にするのは、UNDPをはじめ国際機関に何度挑戦しても不合格になってしまう原因は、キャリアに一貫性がないから、と考えている人が多いということです。これは「掛け算の法則」で自分の強みに変えてみてはどうでしょうか。私自身、専門は心理学で、これまで国連でも若者支援や防災分野に携わるなど、一貫性がないといえばない進路を辿ってきました。幸運だったのは、青年海外協力隊(JOCV)に挑戦する際先輩からいただいたアドバイスが掛け算の法則だったことです。心理学×若者×防災×プロマネとかけていくことで、最終的には自分だけが残る。つまり、競争率の高い場面でも、自分がチャンスをつかめる確率がぐんと上がるということです。専門性を追求し一貫性をもった進路を辿ることは強みとなり、私も羨ましいと思います。一方で、一貫性がないからこそ、各専門の強みを掛け合わせていくことで最強の武器になることがあります(シグネチャー・ソリューションで役立つ要素) 。自分の進路を丁寧に見直し、自分の強みを確認することで、自分の価値を再確認できると思います。この機会にぜひ前向きに点と点をつなげてみてください。自分の新たな可能性が見出せるかもしれません。



 

 

備瀬千尋(びせ・ちひろ)
国連開発計画(UNDP)バンコク地域事務所・防災チーム
プログラム・アナリスト

以前は日本で心理職に従事。英国ハダーズフィールド大学にて修士号(心理学)を取得した後、開発の道に目覚め進路を転向。青年海外協力隊(JOCV)としてスーダンで過ごした後、国連開発計画(UNDP)スーダン国事務所にUNVとして着任(南ダルフールのフィールドオフィスで若者支援に携わる)。その間にJPOに挑戦し、2018年より現職。