顧みられない熱帯病対策プログラムのアクセスとデリバリーにおけるジェンダー不平等

2019年12月12日

ジェンダー、性別、そしてその他の健康に関わる社会的決定要因(貧困、健康、生計など)は、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases, NTDs)に対する脆弱性に関わります。ADP(アクセスと提供に関するパートナーシップ)が出版したジェンダーとNTDsに関するディスカッションペーパーは、性別、ジェンダー、NTDsの関連性に関わる社会的決定要因が、NTDsに対する効果的な医療・保健対策のデザインにおいて重要であることを明らかにしました。

NTDsの撲滅は、持続可能な開発目標(SDGs)の重要なターゲットの一つです。NTDsはSDGゴール3(健康と福祉)に最も関連していますが、他のSDGsゴール、例えばSDG1(貧困)、教育(SDG4)、ジェンダー平等(SDG5)、水と衛生(SDG6)、働きがいのある人間らしい仕事と経済成長(SDG8)、人や国の不平等(SDG10)、気候変動(SDG13)、そしてグローバル・パートナーシップ(SDG17)にも関連しています。

ジェンダー、性別、そしてその他の社会的決定要因との関連性は、人々のNTDsに対する脆弱性やNTDs罹患の経験、またケアや治療へアクセスする力を決定する要因となります。そうした脆弱性が、全てのジェンダーと性別においてどのように顕在化するのかを理解することは、政府、国内外のパートナー、研究者がNTDsへの対策を強化し、予防、診断、治療の公平なサービスを届けるために役立ちます。

***

日本政府の支援によって実施され、UNDPが主導するADPにより委託・出版されたディスカッションペーパー、『NTDsのジェンダー的側面』では、ジェンダーがNTDsのリスクと経過に対しどのような影響を与えているか、既存の文献を検証し、現状のデータと実施における相違を洗い出し、NTDsのジェンダー的側面について今後どのように理解し解決していくべきか、5つの提言を行っています。

「性別」と「ジェンダー」は、NTDsに対する脆弱性(病気になりやすいかどうか)、またNTDs 罹患の経験に影響を及ぼす2つの明確に異なる要因です。「性別」は、男性、女性、インターセックスなど生物学的な人間の特徴のことを指します。異なる体の構造と免疫反応は、NTDsへの感染、発症、症状の度合いに影響し、それは性別により異なります。世界保健機関(WHO)は、「ジェンダー」を、社会的に形成された男性もしくは女性の特徴―すなわちまた男性集団と女性集団の個別の、または集団同士のジェンダー規範、ジェンダー役割、関係性と定義しています。ほとんどの人々は男性もしくは女性として生まれ、それぞれの性別における適切な規範、振舞い、家庭、コミュニティ、職場で同性もしくは異性とどのように接するべきか、を教えられます。もしある個人や集団が、すでに確立されたジェンダー規範に「適応」しない場合、しばしば社会的偏見、差別的慣習と社会からの排除を受け、これは健康に悪影響を及ぼします。二元的な男性もしくは女性という生物学的性のカテゴリーに必ずしも合致しない、多様なアイデンティティに対して慎重に対応することが重要であると強調しています。

『2013年 世界の疾病負担研究』(The 2013 Global Burden of Disease Study) [i]は、NTDsによる総体的な負担は女性より男性の方がより大きいと報告しています。しかし、長期的影響を見ると、ジェンダー不平等の観点から女性やトランスジェンダーの人々の方がより重篤化する可能性が高いとも指摘しています。というのも、女性やトランスジェンダーの人々の貧困は男性に比べて不均衡に増加しており、教育へのアクセスが限られている他、健康面での意思決定に必要な情報能力や判断能力が低い、土地の所有や政治における発言力が最低限である、などの要因により医療ケアへのアクセスが困難となっているからです。また、いくつかのNTDsの中には、男性よりも女性や女児の方が確実に感染しやすいという有力な検証結果も出ています。これらを踏まえ、『NTDsのジェンダー的側面』は、女性生殖器住血吸虫(FGS)と男性生殖器住血吸虫(MGS)を含む泌尿生殖器住血吸虫を事例に、性別とジェンダーにおける違いがどのように感染、発症、治療に影響を及ぼすかを検証しています。

2002年のWHOの報告書[ii]によると、 住血吸虫流行地域に住む女性は、最も多い場合で、生殖可能年齢の25%を妊娠・60%を授乳して過ごすため、集団投薬キャンペーンから除外され治療の機会を逃しやすいことから、弱い立場にいると報告しています。2002年にWHOは妊婦の住血吸虫の治療を推奨しましたが、安全性に対する懸念から妊婦や授乳中の女性に対し、集団投薬キャンペーンから除外されることが依然として多く、そのため疾病や合併症への脆弱性を高めています。それに加え、性感染症(とその合併症)、それに伴う偏見(性的に乱れているなど)は、受診行動を妨げるだけでなく、不妊を引き起こす段階になってから受診を求める傾向を引き起こしています。また、FGSは貧血、低体重児、妊産婦・乳幼児の死亡率の増加を引き起こします。FGSは社会に対し重大な心理社会的、また経済的影響を与えるだけでなく、ジェンダー平等を達成する機会をさらに減少させます。

男性と男児は、通常汚染された水の中での労働や娯楽によりMGS(ビルハルツ住血吸虫の症状)を感染しますが、しばし誤診や検査で偽陰性と判断されるなどの診断問題が生じています。また、MSGは生殖と性に関する健康に影響し、長期的には膀胱癌のリスクも増加させます。

性別とジェンダーが泌尿生殖器住血吸虫に及ぼす影響を検証することにより、NTD感染者の病気に対する脆弱性、予防と治療に対するアクセス、また生活要因などを突き止めることができます。しかし、NTDs研究でジェンダーと性別に着目した研究は現時点ではさほど多くありません。また、現時点の研究では、多くの場合、女性に焦点を当てており、男性やトランスジェンダー、インターセックスの人々に対する影響に関する理解は低いのが現状です。

***

このディスカッションペーパーは、ジェンダーと性別の以下の項目との関連性についての研究を推進するよう提言しています。

  • NTDのリスクと予防
  • 診断と治療サービスへのアクセスのしやすさと受容性
  • 社会的汚名と精神衛生
  • NTDsにおける性別によるデータ収集及び性別とジェンダーのインプリメンテーションリサーチ(実践と提供に関する研究)への投資増加

人々のNTDs罹患経験やそれらの病気に対する脆弱性というのは、社会においてそれぞれが担うジェンダーの役割とその関係性によって形成されているということを、我々は見過ごしがちです。内在する社会的要因を明確にすることは、WHOのNTD目標を2020年まで達成し、誰一人取り残さないためにも重要です。もしもNTDs対策プログラムが保健システムの強化やコミュニティーの参画を通して平等で効果的な医療保障をNTDs感染流行地域に住む人々に届けられるとしたら、その経験から得られる学びは他の医療サービスを向上させるために役立ち、ユニバーサル・ヘルス・カバレージを達成や、アジェンダ2030への前進を加速させることにも貢献するでしょう。


NTDsのジェンダー的側面』は、2019年11月22日に行われた、アメリカ熱帯医学衛生学会の年次大会において行われたシンポジウムにおいて発表されました。このシンポジウムは、UNDPが主導するADP(アクセスと提供に関するパートナーシップ)、TDR、Liverpool School of Tropical Medicine(LSTM)が主導するカウントダウンコンソーシアムにより共催されました。

ADPは日本政府のグローバルヘルスにおけるリーダーシップとユニバーサル・ヘルス・カバレージに対する強いコミットメント、またジェンダー平等達成への支援に対して、感謝を表明します。


[i] Herricks JR, Hotez PJ, Wanga V, Coffeng LE, Haagsma JA, Basáñez M-G, Buckle G, Budke CM, Carabin H, Fèvre EM, et al: The global burden of disease study 2013: What does it mean for the NTDs? PLOS Neglected Tropical Diseases 2017, 11:e0005424.

[ii] World Health Organization (2002). Report of the WHO Informal Consultation on the use of Praziquantel during Pregnancy/Lactation and Albendazole/Mebendazole in Children under 24 months.