UNDPは、日本とのパートナーシップの一環で国際保健に取り組んでいます。今回は、国内外で保健に携わってきた近藤哲生UNDP駐日代表に話を聞きました。


近藤代表は現在、長崎大学などで国際保健政策を教えています。はじめに、保健分野に関わるようになったきっかけを教えてください。

(近藤)私は外務省に約20年間勤めた後、UNDPに入職しましたが、外務省職員であったときから紛争国もしくは紛争後の国で長らく働き、紛争後の人道支援や復興支援、平和構築に関わってきました。その中で、人々の心身の健康状態は、社会が平和になっているか、正常に近づいているかをあらわす指標であると思うようになりました。

健康指標というのはたとえば疾病率や死亡率、治癒率などがあるのですが、民族対立で紛争が起きたコソボに駐在していたときは、その延長線上にあるウェルビーイングという概念に出会いました。これは人間の心の健康、つまりストレスやうつ、トラウマを抱えていないかなどを示すものです。

コソボでは戦争終結後、復興プロジェクトの一環として、都市計画や行政計画をアルバニア系、セルビア系の両民族が一緒に行い、民族対立を緩和するような活動をしていました。例えば病院や学校は民族問わずみんなのものであると知ってもらうため、アルバニア語、セルビア語、英語の三言語で標識を出し、融和を進めていきました。

こうしたプロジェクトの効果を測るために、公衆衛生学的な観点から調査を行いました。「あなたは幸せか」「イライラすることはあるか」「テレビを見るか」「朝ご飯を毎日たべるか」など様々なジャンルの質問を混ぜて、何を知るための調査なのか回答者にはわからないようになっています。その調査の結果、プロジェクトの前後で心の状態が改善しているということがはっきりとわかったのです。それ以来、こういった手法で測れば、人間の生活が回復、改善したかがわかる、つまり保健は平和構築のバロメーターであると考えるようになりました。

コソボのあとに赴任したチャドでは、マラリアや結核、エイズなどの感染症や高い妊産婦死亡率が課題だったので、それらを改善するための活動をしていました。こちらは心ではなく体の健康が課題ですが、罹患率や治癒率などが改善しなければ結核・マラリア・エイズ世界基金の資金は提供されません。データ収集、管理、分析、報告のために、国際保健の知識が非常に重要でした。

 

―コソボでは人々の精神的側面から、チャドでは身体的な側面から保健のプロジェクトに携わっていたんですね。

その通りです。

近藤代表をインタビューするインターンの松原さん(左)と鈴木さん(右)

 

―チャドではどのようなプロジェクトが印象に残っていますか?

私がチャドに赴任していた2010~2013年末まで、妊産婦死亡率の改善が、様々な国の中で最も解決の難しい課題の一つであり、最優先テーマでした。

当時、地域の農村開発プロジェクトで、首都ンジャメナから離れた農村を視察しました。村の学校の教室をのぞくと、小学校1年生の教室は男女ほぼ同数ですが、6年生になると女の子が家事に追われ、数えるほどしかいません。それから中学校2、3年生の教室を見ると女の子は全くいません。「女の子は学校に来ないのですか」と聞くと、「ほとんどの子は結婚してしまいます」と言われました。これは非常に衝撃的でした。

この状況は10代前半の子にとって過酷ですよね。まだ恋も知らない女の子が経済的な理由で会ったこともない人のところに嫁いで子どもを産まされる。子どもの身体で、さらに劣悪な環境で妊婦検診も経ずに出産しなければならず、女の子の命は危険に晒されていました。

高い妊産婦死亡率の原因が早期婚であることは明らかでした。2010年~2014年、サハラ以南のアフリカにおいて、労働市場のジェンダー格差によるGDP損失額は年間900億米ドルを超えるという試算もあった(出典:アフリカ人間開発報告書2016日本語概要版)ことから、デビ―大統領(90年~現職)に早期婚を禁止する法律制定を要請しました。大統領は、「土地の習慣や戒律があるから、そう簡単にはいかない」と言って、最初は難色を示されました。

ところが大統領夫人は女性支援NGOの代表で、母子保健病院を創設している方だったのです。私たちの話を聞いた後、夫人が大統領に女子の望まない結婚の禁止を勧めたそうです。大統領は国連から言われ、家庭内では奥さんから言われ、ちょっとお気の毒でした。

その後、私は任期が終わりチャドを離れましたが、2015年5月にUNDPチャド事務所からメールが届きました。早期婚を禁止する法案が可決され、大統領が署名したというメールです。これは本当に嬉しかったですね。大統領自身が努力してくださり、少しずつ国を変えていこうという姿勢を示されたことに、勇気づけられました。

そして、2016年にケニア・ナイロビでアフリカ開発会議(TICAD VI)があり、デビー大統領と再会しました。大統領は、「チャドはアフリカ連合の中で、女子の早期婚撲滅のためのワーキンググループの議長になっている」って言うんですよ。「まだ早期婚を認めている国があったら、すぐに辞めさせるべきだ」と大統領が最初の演説の中で言っていたのです。これは嬉しかったですね。

チャドの人間開発に関わる国連チームとデビ―大統領(前列右から二番目)

 

―任期が終わり2014年にチャドから日本に戻ってきた時、どのようなことを感じましたか?

開発の現場は身体的にも精神的にも大変なところです。病気になってもかかる病院はありませんし、チャドのような紛争地域には家族を同伴できません。食糧や物資が不足する中、自分の健康を保つ必要があり、さらに所長として現場のスタッフの責任も負います。そんな現場の重責から解放され、日本に戻ってきた時は正直申し上げてホッとしました。

が、今も現場の活動に日本から少しでもお手伝いできるよう努力しています。そして、自分の能力が国連や世界の人たちにどう役に立つか常に考えています。日本の方々は問題意識が高く、国際問題への貢献が必要だと感じている方も多いので、その想いを世界の一番必要なところに届ける現在の任務も非常に重要だと感じています。

 

―最後に国際貢献に取り組もうとしている若手へのメッセージをお願いします。

途上国を見てきた経験から、自分の直面する課題に取り組む際の一番の近道は、同じ問題に直面する他の人を助けることだと感じています。他人を助けられたとき、自分の問題も自然と解決しているんですよね。これは持続可能な開発目標(SDGs)の考え方の根底にあるものです。

人のために努力を続けていれば、考えてもみなかった人とのパートナーシップが生まれます。世の中に少しでも貢献していこうというファイティングポーズを忘れないでください。色んな課題に直面したとき、解決出来ることもあるし出来ないこともある。自分の力不足で助からなかった人がいるかもしれない、という後悔や無力感に見舞われることもありますが、失敗で終わらず、そこから建設的な発見を見出せれば、成功した時よりも大きな価値があります。

国際的に貢献する人材を目指すとき、縦軸として自分の専門分野に深い知識を持ちつつ、他の分野に対しても幅広くグローバルな視点を持つT型人材を目指す学習が基本といわれています。さらにもう1、2本専門分野の縦軸を増やしてπ(ギリシャ文字:パイ)型人材となることが理想です。そして実際に困難に直面している人のそばへ行って、話を聞きましょう。現場へ行って実際に問題に向き合ってみて下さい。


プロフィール
近藤哲生:東京都立大学(現首都大学東京)卒。米国ジョーンズ国際大学で開発学修士号取得。1981年外務省に入省し、フランス、ザイール(現コンゴ民主共和国)、海洋法本部、国連代表部などで勤務。2001年にUNDP本部に出向し、マーク・マロック・ブラウン総裁(当時)特別顧問、国連世銀イラク支援信託基金ドナー委員会事務局長を務めた。2005年に外務省を退職し、UNDPバンコク地域本部スマトラ沖津波被害復興支援上級顧問、国連東ティモール派遣団人道支援調整官を経て、2007年にUNDPコソボ事務所副代表、2010年UNDPチャド事務所長に就任。2014年1月より現職。東京大学大学院非常勤講師(国際保健政策学)、長崎大学客員教授。東京都出身。
 
聞き手:松原信英、鈴木啓太(UNDP駐日代表事務所インターン)

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